「学際的情報科学センター」で学際的な研究開発に従事する高野雅典の論文「Threshold dynamics of corrective action in a population model of structural discrimination」が、国際学術誌「PLOS Complex Systems」に採択されました。本論文では、個人による明示的な差別がなくても集団間の格差が持続する「構造的差別」に着目し、その状態を変えるために必要な是正施策の条件を数理モデルによって分析しました。
「学際的情報科学センター」では、社外の研究機関と協働しながら、情報科学とその隣接領域の学術的な知見に基づき、主に当社のメディア事業における研究開発に取り組んでいます。
「PLOS Complex Systems」は、学術出版社Public Library of Science(PLOS)が刊行する、複雑系科学を対象とした国際的なオープンアクセス学術誌です。ネットワーク、非線形システム、力学系、ゲーム理論、経済・社会システムなど、さまざまな領域の複雑な現象を対象とした研究を掲載しています。
「学際的情報科学センター」では、社外の研究機関と協働しながら、情報科学とその隣接領域の学術的な知見に基づき、主に当社のメディア事業における研究開発に取り組んでいます。
「PLOS Complex Systems」は、学術出版社Public Library of Science(PLOS)が刊行する、複雑系科学を対象とした国際的なオープンアクセス学術誌です。ネットワーク、非線形システム、力学系、ゲーム理論、経済・社会システムなど、さまざまな領域の複雑な現象を対象とした研究を掲載しています。
研究の背景と目的
雇用、教育、政治参加などさまざまな場面で、性別や人種、社会的背景などによる集団間の構成比の偏りがみられます。このような偏りは、必ずしも誰かが明示的に特定の集団を排除することで生じるとは限りません。
ある集団の人数が少ないことで、その集団に属する人がロールモデルや情報、メンタリング、人的ネットワークなどを得にくくなり、それがさらに将来の参加を難しくする場合があります。こうした仕組みによって、過去の格差が現在の環境を通じて再生産されることがあります。
これに対して、採用支援やメンタリング、情報提供、制度の見直しなどの是正施策が行われています。しかし、単に施策を導入するだけで格差が解消されるとは限りません。重要なのは、既存の構造が格差を維持しようとする力に対して、是正する力がどの程度強いかという点です。
そこで本研究では、集団の構成比が時間とともに変化する様子を表現する「レプリケーター方程式」を用いてシンプルな数理モデルを構築し、構造的な格差を生み出す力と、それを是正する力のバランスによって、長期的な集団構成がどのように変化するのかを分析しました。
ある集団の人数が少ないことで、その集団に属する人がロールモデルや情報、メンタリング、人的ネットワークなどを得にくくなり、それがさらに将来の参加を難しくする場合があります。こうした仕組みによって、過去の格差が現在の環境を通じて再生産されることがあります。
これに対して、採用支援やメンタリング、情報提供、制度の見直しなどの是正施策が行われています。しかし、単に施策を導入するだけで格差が解消されるとは限りません。重要なのは、既存の構造が格差を維持しようとする力に対して、是正する力がどの程度強いかという点です。
そこで本研究では、集団の構成比が時間とともに変化する様子を表現する「レプリケーター方程式」を用いてシンプルな数理モデルを構築し、構造的な格差を生み出す力と、それを是正する力のバランスによって、長期的な集団構成がどのように変化するのかを分析しました。
研究概要と主な結果
本研究では、ある対象集団における現在の構成比が、その後の参加・継続・昇進・退出などを通じて次の構成比にも影響するという「構造的フィードバック」と、それに対抗する「是正作用」を組み込んだシンプルな人口動態モデルを構築しました。
モデルでは、構造的フィードバックの強さを α、是正作用の強さを β、対象となる集団が基準となる母集団に占める割合を p としています。対象集団が半数以下の場合(0 < p ≤ 1/2)、完全に排除された状態から抜け出して両集団が長期的に存在できるようになるためには、是正作用と構造的フィードバックの強さの比が、次の条件を満たす必要があることを示しました。
β / α > (1 − p) / (2p)
つまり、単純に是正施策が存在するだけではなく、構造的フィードバックに対して是正作用がこの閾値を超えるほど十分に強いことが必要になります。さらに、この閾値は p が小さくなるほど急速に大きくなります。
この結果をもとに、主に以下の3点を明らかにしました。
1. 是正施策が存在していても、その効果が閾値を超えなければ排除状態は安定したままになる
上記の閾値より是正作用が弱い場合、対象集団が存在しない状態は安定したままとなり、少数の参加者が新たに加わっても、長期的には再び排除状態へ戻る可能性があります。
一方、是正作用が閾値を超えると、排除状態と両集団が存在する状態の安定性が入れ替わる「トランスクリティカル分岐」が生じます。閾値を超えた後は、対象集団が少数でも存在していれば、その割合は減少するのではなく、両集団が存在する安定状態に向かって増加するようになります。
このことから、格差是正策については、施策を「導入しているかどうか」だけではなく、既存の構造的な力に対して十分な実効性を持っているかを考える必要があることが示唆されます。
2. もともと人数の少ない集団ほど、排除状態を脱するためにより強い是正作用が必要
上記の閾値 (1 − p) / (2p) は、対象集団の基準となる割合 p が小さいほど大きくなります。 たとえば、基準となる母集団における割合が40%の場合、必要な是正作用と構造的フィードバックの比の閾値は 0.75 ですが、10%の場合には 4.5 まで上昇します。
つまり、もともと人数の少ない集団ほど、排除状態を不安定化させるために、構造的フィードバックに対してより強い是正作用が必要になります。 これは、人数が少ないことでロールモデル、情報、メンタリング、人的ネットワークなどを得にくくなり、その少なさ自体が次の参加を難しくするような状況では、一律の強さの施策では十分でない可能性を理論的に示すものです。
3. 閾値を超えて「排除を防ぐこと」と「構成比の格差を解消すること」は異なる
上記の閾値を超えると、対象集団が完全に排除された状態は安定ではなくなります。しかし、これは基準となる母集団と同じ構成比が実現することを意味しません。 対象集団が半数未満の場合、有限の強さの是正作用では、安定した長期的な構成比は基準となる割合 p よりも低い値にとどまります。
つまり、「排除されずに一定数が存在できる状態にするための閾値」と「基準となる構成比に十分近づけるために必要な施策の強さ」は異なり、後者にはさらに強い是正作用が必要になります。
この結果は、格差是正の目標を考える際に、「完全な排除を防ぐこと」と「構成比の格差を十分に縮小すること」を区別する必要があることを示しています。
複数の集団への拡張
また、3種類以上の集団を扱うモデルへ拡張した分析では、是正作用を強めるにつれて、より人数の多い集団から少ない集団へと段階的に安定した参加が可能になることも示されました。
この結果は、一部の集団が参加できる状態になっても、より少数の集団が依然として排除されたままとなる「部分的な共存」が起こり得ることを示しています。
モデルでは、構造的フィードバックの強さを α、是正作用の強さを β、対象となる集団が基準となる母集団に占める割合を p としています。対象集団が半数以下の場合(0 < p ≤ 1/2)、完全に排除された状態から抜け出して両集団が長期的に存在できるようになるためには、是正作用と構造的フィードバックの強さの比が、次の条件を満たす必要があることを示しました。
β / α > (1 − p) / (2p)
つまり、単純に是正施策が存在するだけではなく、構造的フィードバックに対して是正作用がこの閾値を超えるほど十分に強いことが必要になります。さらに、この閾値は p が小さくなるほど急速に大きくなります。
この結果をもとに、主に以下の3点を明らかにしました。
1. 是正施策が存在していても、その効果が閾値を超えなければ排除状態は安定したままになる
上記の閾値より是正作用が弱い場合、対象集団が存在しない状態は安定したままとなり、少数の参加者が新たに加わっても、長期的には再び排除状態へ戻る可能性があります。
一方、是正作用が閾値を超えると、排除状態と両集団が存在する状態の安定性が入れ替わる「トランスクリティカル分岐」が生じます。閾値を超えた後は、対象集団が少数でも存在していれば、その割合は減少するのではなく、両集団が存在する安定状態に向かって増加するようになります。
このことから、格差是正策については、施策を「導入しているかどうか」だけではなく、既存の構造的な力に対して十分な実効性を持っているかを考える必要があることが示唆されます。
2. もともと人数の少ない集団ほど、排除状態を脱するためにより強い是正作用が必要
上記の閾値 (1 − p) / (2p) は、対象集団の基準となる割合 p が小さいほど大きくなります。 たとえば、基準となる母集団における割合が40%の場合、必要な是正作用と構造的フィードバックの比の閾値は 0.75 ですが、10%の場合には 4.5 まで上昇します。
つまり、もともと人数の少ない集団ほど、排除状態を不安定化させるために、構造的フィードバックに対してより強い是正作用が必要になります。 これは、人数が少ないことでロールモデル、情報、メンタリング、人的ネットワークなどを得にくくなり、その少なさ自体が次の参加を難しくするような状況では、一律の強さの施策では十分でない可能性を理論的に示すものです。
3. 閾値を超えて「排除を防ぐこと」と「構成比の格差を解消すること」は異なる
上記の閾値を超えると、対象集団が完全に排除された状態は安定ではなくなります。しかし、これは基準となる母集団と同じ構成比が実現することを意味しません。 対象集団が半数未満の場合、有限の強さの是正作用では、安定した長期的な構成比は基準となる割合 p よりも低い値にとどまります。
つまり、「排除されずに一定数が存在できる状態にするための閾値」と「基準となる構成比に十分近づけるために必要な施策の強さ」は異なり、後者にはさらに強い是正作用が必要になります。
この結果は、格差是正の目標を考える際に、「完全な排除を防ぐこと」と「構成比の格差を十分に縮小すること」を区別する必要があることを示しています。
複数の集団への拡張
また、3種類以上の集団を扱うモデルへ拡張した分析では、是正作用を強めるにつれて、より人数の多い集団から少ない集団へと段階的に安定した参加が可能になることも示されました。
この結果は、一部の集団が参加できる状態になっても、より少数の集団が依然として排除されたままとなる「部分的な共存」が起こり得ることを示しています。
本研究成果の意義
本研究の結果は、構造的な格差に対する施策を考える際、「施策を導入したかどうか」だけでなく、「その施策が既存の構造的な力に対して十分な強さを持っているか」を考える必要があることを理論的に示しています。
モデル上では、格差を縮小する方法には大きく2つの方向性があります。一つは、対象者への採用支援、メンタリング、情報提供などを通じて是正作用そのものを強めることです。もう一つは、既存の人的ネットワークやインフォーマルな支援などへの依存を減らす制度改革によって、格差を自己強化する構造的フィードバックを弱めることです。
この視点は、企業や組織におけるDE&Iをはじめとする取り組みについて、その制度の有無だけではなく、長期的な集団構成をどのように変化させるかという動的な観点から考えるための理論的な枠組みを提供するものです。
なお、本研究は特定の企業や制度の効果を実データから検証したものではなく、構造的フィードバックと是正作用の関係を単純化して分析した理論研究です。今後、実際の組織における採用、継続、昇進、退出などの長期的なデータを用いてモデルを検証することが課題となります。
モデル上では、格差を縮小する方法には大きく2つの方向性があります。一つは、対象者への採用支援、メンタリング、情報提供などを通じて是正作用そのものを強めることです。もう一つは、既存の人的ネットワークやインフォーマルな支援などへの依存を減らす制度改革によって、格差を自己強化する構造的フィードバックを弱めることです。
この視点は、企業や組織におけるDE&Iをはじめとする取り組みについて、その制度の有無だけではなく、長期的な集団構成をどのように変化させるかという動的な観点から考えるための理論的な枠組みを提供するものです。
なお、本研究は特定の企業や制度の効果を実データから検証したものではなく、構造的フィードバックと是正作用の関係を単純化して分析した理論研究です。今後、実際の組織における採用、継続、昇進、退出などの長期的なデータを用いてモデルを検証することが課題となります。
今後の展望
今後は、ネットワーク構造や組織ごとの違い、時間とともに変化する制度、複数の属性が組み合わさるケースなど、より現実的な社会構造を取り入れたモデルへの発展が期待されます。
学際的情報科学センターは今後も、情報科学・計算社会科学をはじめとする学際的な研究を通じて、オンライン・オフラインを問わず社会で生じるさまざまな現象の理解を深め、より良いサービスや社会の実現につながる研究開発に努めてまいります。
学際的情報科学センターは今後も、情報科学・計算社会科学をはじめとする学際的な研究を通じて、オンライン・オフラインを問わず社会で生じるさまざまな現象の理解を深め、より良いサービスや社会の実現につながる研究開発に努めてまいります。
論文情報
掲載誌: PLOS Complex Systems
論文タイトル: Threshold dynamics of corrective action in a population model of structural discrimination
著者: 高野雅典(サイバーエージェント、慶應義塾大学)
論文種別: Research Article
DOI / URL: https://journals.plos.org/complexsystems/article?id=10.1371/journal.pcsy.0000132
論文タイトル: Threshold dynamics of corrective action in a population model of structural discrimination
著者: 高野雅典(サイバーエージェント、慶應義塾大学)
論文種別: Research Article
DOI / URL: https://journals.plos.org/complexsystems/article?id=10.1371/journal.pcsy.0000132