CA流しくじり社長
~失敗から学ぶ、ビジネスの成功法則~

採用

先日開催した2021年度卒向けの新卒採用向けイベント。「失敗」をテーマに、サイバーエージェントの3名の社員と、2006年当社に新卒入社し現在株式会社ヒューマンキャピタルテクノロジーで取締役を務める渡辺が、パネルディスカッションを行いました。

新規事業の成功確率は1勝9敗とも言われるほど勝率は低く(※一勝九敗 (新潮文庫))、多くの挑戦は失敗に終わるもの。しかし、その「失敗」があるからこそ、学びがあり、次なる挑戦に繋がると当社では考えています。イベントでは、サイバーエージェントで実際に起こった失敗を赤裸々に語り、その経験から導き出したリアルな知見を参加者にお伝えしました。様々な話が飛び交った全3回のイベントの様子を抜粋してご紹介します。

場所:サイバーエージェント本社 Abema Towers

Profile

  • 第1回:「10億円の損失を出した社長」(2019年9月17日)
    石田裕子
    株式会社サイバーエージェント 執行役員 採用戦略本部長


    2004年入社。インターネット広告事業部門の営業局長・営業統括を経て、スマートフォン向けAmebaのプロデューサー。2013年、株式会社パシャオク代表取締役社長に就任。2014年、株式会社Woman&Crowdを設立し代表取締役社長に就任。2016年よりサイバーエージェント執行役員。現在は人事管轄の採用戦略本部にて採用責任者を務める。

  • 第2回:「4年で会社を畳んだ社長」(2019年10月24日)
    羽片一人
    株式会社サイバーエージェント インターネット広告事業本部統括 兼 データビジネス責任者 

    2009年入社。インターネット広告事業本部にて営業に従事。
    2010年、株式会社CA Beatを設立し、23歳で代表取締役社長に就任。
    メディア事業、ゲームコミュニティ事業の立ち上げに従事。
    その後、インターネット広告事業本部データマネジメント局局長を経て、現在はインターネット広告事業本部統括 兼 データビジネス責任者。

  • 第3回:「絶対成功するはずだったジョイントベンチャーの社長」(2019年11月25日)
    膽畑匡志
    株式会社CAM 人事取締役

    2001年入社。 インターネット広告代理事業の営業部門に配属となり、 営業マネージャー、営業局長、営業部門統括を経て、2006年に株式会社シーエー・エイチを設立し代表取締役社長に就任。
    2012年7月からサイバーエージェントの人事本部にて、採用育成部の部長などを務めたのち、人材開発本部 統括。
    現在は株式会社CAM 人事取締役 兼 インターネット広告事業本部 人事責任者を務める。

第1回
“10億円の損失を出した社長”

石田裕子 
株式会社サイバーエージェント 執行役員 採用戦略本部長
石田裕子
株式会社サイバーエージェント 執行役員 採用戦略本部長

2013年に「パシャオク」というスマホ向けのオークションサービスを展開する会社で社長を務めました。その当時、会社としてスマートフォンシフトを掲げ、100個のスマホアプリをつくるという戦略がありました。その1つとして生まれた「パシャオク」は、スマホだけで簡単に出品できることが特徴。しかし、オークションサービスとしては後発だったので、同領域で2年以内に勝てる見込みがなければ撤退という条件の元スタートしました。とにかく軌道に乗せたいという思いから、あらゆる施策を投じたのですが、これといった勝ち筋を見出せず、1年半で撤退することとなりました。ここでのしくじりは2点あります。チームメンバーに遠慮してしまったこと、そして選択と集中ができなかったことです。

実は、私は創業メンバーではありませんでした。もともと別のメンバーがサービスをつくっており、子会社化するタイミングで私が社長に任命されたんです。そのため、彼らがつくってきた世界観、チームワークを重要視していましたし、メンバーに対していつも遠慮をしてしまっていました。
加えて、“振り切って集中する”ことができていませんでした。手当たり次第に思いつく限りの施策を投じ、何でもやりました。しかしどれも野球に例えるならば、セカンドゴロや、フライといったもので、業績を上げる決定打を放つことができなかったんです。責任者として、集中するところに全集中し、資金も投じて大きなリターンを見出すという決断ができませんでした。

社長というのは、自分の意思決定に全責任を負わなければなりません。それもあり、ローリスク・ローリターンの意思決定しかできなかったんだと思います。事業に使えるリソースは無限ではありません。勝負所を見極めリスクが高くても攻めるところは攻める姿勢が大切だと思います。

第2回
“4年で会社を畳んだ社長”

羽片一人 
株式会社サイバーエージェント インターネット広告事業本部統括 兼 データビジネス責任者
羽片一人
株式会社サイバーエージェント インターネット広告事業本部統括 兼 データビジネス責任者

2009年に新卒で入社し、2年目で子会社社長に抜てきされました。2010年はiPhoneが出始めた頃で、今後スマートフォンが伸びるのでここに注力していこうとそれに関連する子会社が4社程立ち上がり、その中の1つです。
“スマホ領域”ということだけは決まっていましたが、それ以外は何も決まっていませんでした。当時23歳でしたし、右も左もわからないまま、まずはスマホアプリの受託開発からスタート。
サイバーエージェントの子会社は設立当初に資本金をもらい、そこが無くなる前までに黒字化しないとキャッシュアウトしてしまうため、とにかく売上をつくろうと必死でした。最初は開発を外注していたのですが、利益率がよくなかったので内製にしたところ、うまく軌道に乗り始めました。しかし、東日本大震災をきっかけに営業活動がストップしてしまい、そこから自社でアプリをつくろうと事業内容をピボット。BtoBからBtoCへ大きく業態を変更しました。BtoCのサービス開発経験が全くなかった私は、最初はユーザー目線から大きくズレていることが多く担当役員からとても怒られた経験があります(笑)。このピボットは本当に難しいんです。語弊を恐れずに言うとBtoBはクライアントの顔が見えているので目の前の顧客の課題を解決すればいいのですが、BtoCの場合顔の見えない大勢を相手にするため、正解がわかりません。自分がいいと思ったことも、ユーザーはそうでもないことも多い。
また、BtoCの場合、ローンチするまでは利益がないので赤字です。それまでは勢いと熱意を武器にした営業活動で何とか売上をつくっていましたが、BtoCに振り切った途端に半年経っても赤字が続くように。とても難しいと思いましたね。
しかし、そこからうまく売上をあげることができ、2回のピボットを挟んで、最終的にはBtoCで得た利益をもとに、再度広告事業に戻りアドテクノロジーの開発をしました。

そんな時、「あした会議」と呼ばれる全社の経営会議で、アドテクノロジーの専門部署が出来ることが決まりました。子会社ではなく、事業部の方がシナジーを生みやすいという経営判断の元、子会社をインターネット広告事業部に統合することになりました。4年間で子会社を畳んだのはサイバーエージェントの中でも早い方だと思います。

4年間で学んだことは「事業はタイミング」ということですね。アプリがうまくいって利益をあげられたのも、あのタイミングじゃなければ成功しなかったと思います。会社を畳んだという点ではしくじりだったかと思いますが、イコール一貫の終わりということではありません。失敗を乗り越えると自分の武器になりますし、今の仕事の成功角度があがります。1年目の自分が今の仕事も成功しないと思いますしね。1年目からたくさんのことに挑戦、そして失敗をしてきた経験があっての現在なので、たくさんのチャレンジをさせてもらったことに感謝しています。

第3回
“絶対成功するはずだったジョイントベンチャーの社長”

膽畑匡志 
株式会社CAM 人事取締役
膽畑匡志
株式会社CAM 人事取締役

2006年、インターネット広告事業本部の副統括を務めていた私は、博報堂グループとサイバーエージェントの合弁会社、株式会社シーエー・エイチの代表取締役に就任しました。博報堂グループの持つブランディングやメディアプランニング力の強みと、サイバーエージェントのデジタルの強みを掛け合わせ、資本金も子会社としては異例の額。双方の強みを生かすことができるので、正直失敗する理由はないと思いました。しかし、結果としては業績をうまく伸ばすことができず、6年程でサイバーエージェントグループに吸収されることとなりました。

失敗の理由は大きく2点あると思っています。独自の強みをつくることができなかったこと、そして目の前の黒字化に捉われ過ぎたことです。
1点目ですが、両社の強みを掛け合わせたつもりが本体と比較したときの自分たちの立ち位置の根幹を作ることができませんでした。“シーエー・エイチに仕事を依頼する理由”というシンプルな答えがなかったんです。営業の企画力や提案力といった部分でしか差別化をはかることができず、戦略とバリューを確立できませんでした。

2点目ですが、目の前の黒字化ということに捉われすぎて、リーダーとしての役割をしっかりと果たせていなかったことです。会社の価値というのは営業利益とは別に“期待値”があります。つまりは株価ですね。赤字の会社と黒字の会社があると黒字化している会社の方が一見よく見えると思うのですがそれは誤りで、赤字の理由をしっかりと説明し未来に対して宣言ができる方が期待値を集められますし結果として成果を残せるんです。そして経営者にはその説明責任があります。しかし、私は「黒字化しているので口を出さないでほしい」というようなスタンスでした。そうなるとどうなるか。ステークホルダーから「今後何をやろうとしているのかわからない」と言われてしまうんですよね。そして結果的に自分の参加していない「あした会議」でサイバーエージェントグループに統合されることが決定しました。もちろん最初は憤慨しました。しかし振り返ってみると説明責任を果たせていなかったので当たり前なことで、子会社の立場というものに甘んじてしまっていたところもあったと思います。「知られる努力」がいかに大切か。これは最大の“しくじり”でした。この「知られる努力」というのは経営だけでなくチームビルディングにおいても非常に重要です。

「あした会議」での決議と同時期に、組織のチームワークを高めるための研修が予定されていました。その運営メンバーに「あした会議」での決議事項を話したところ、研修でそのことを全社員に話してほしいとも言われたんです。しかし、具体的な話まで決まっていなかったため「未解決なことに対して話すのは無責任すぎる」と聞き入れませんでした。
しかし、研修当日の朝に改めて考え直し、冒頭で自分たちが置かれている状況を洗いざらい話しました。すると、涙を流す人、「なぜ早く言ってくれなかったのか」と憤慨する人、唖然とする人いろいろいましたが、それぞれ抱えている想いを話し合うことができたんです。そしてその日の夜の懇親会は6年間で1番盛り上がりましたね。今までも本音で対話をしてきたつもりだったものの、どこかリーダーとしての気負いがあったと思います。自分が何を大事にしているのか、今何を考えているのか。伝えることの大切さを学びました。また、それまでの私は「~しなければいけない」「なんで○○できていないのか」というように「~すべき」という「must」が口癖になっていて、チームの雰囲気を窮屈なものにしていました。そこから言葉の語尾を「want」に変えたんです。「自分は○○したい」「この目標は○○さんには高く見えるかもしれないけれど、絶対に達成できると思っている」といった具合です。するとどんな活性化施策よりも、チームの雰囲気が明るくなりました。
これらの教訓は、シーエー・エイチ以降ずっと大切にしていて、新しい組織をつくる上では上述したエピソードを必ず話した上で「情報格差ゼロ」、「mustよりもwantで語る」ことを大切にしています。

当日の様子

まとめ

当社の行動規範を記したミッションステートメントに「挑戦した敗者にはセカンドチャンスを。」という一文があるほど、失敗の経験はサイバーエージェントの最も重要な経営資源のひとつです。挑戦し続け、成功以上の失敗をしてきたからこそ、現在のサイバーエージェントを築き上げてきました。当社代表藤田は、「失敗したことでこの事業は不向きだった、 不可能だったなどと結論付けてしまうのは違います。変化が激しいIT業界だからこそ、会社は常に成長していきますし、現在も成長途中だからです。”やれること”の大きさは 会社と人材の成長とともに拡大していきます。」と話しています。サイバーエージェントはいつの時代も挑戦をやめない“ベンチャー企業"であり続けます。

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先日、サイバーエージェントが開催した広告クリエイター向け採用イベントにて、インターネット広告事業本部でクリエイティブディレクターを務める中橋と、3DCG関連のコンテンツ・広告クリエイティブの企画制作を手掛けるCyberHuman Productions 取締役の芦田が登壇。

「憧れを否定する、サイバーエージェントの広告クリエイターの姿」をテーマに、これまでの広告やクリエイティブの歴史を踏まえた上で、広告の未来や、サイバーエージェントが挑戦しているクリエイティブの領域についてディスカッションしました。

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