採用

“普通の大学生”から女性営業責任者へ。
理想の未来を手に入れるために私は走り続ける。

サイバーエージェントでは、十人十色の女性の働き方を応援する組織「CAramel(カラメル)」を発足し、様々な女性社員の交流の場を創りながら、女性ならではのライフイベントに左右されないキャリア形成を応援しています。
今回ご紹介する女性はインターネット広告事業本部にて最年少女性マネージャーへ、そしてその後営業責任者に就任した営業ウーマンを紹介します。
 

Profile

  • インターネット広告事業本部 第二本部局長 簑田咲

    2013年 サイバーエージェント新卒入社。インターネット広告事業本部にて営業を担当。その後、リスティング広告を専門的に扱う部署の立ち上げメンバーとして参画。2年目で女性最年少マネージャー、5年目で営業責任者として10名のマネジメントを担当。また、20代の若手社員活性化組織「YMCA」の幹部や、女性横断組織「CAramel」の一員として組織全体の活性化にも携わる。

いわゆる”普通”の大学生。
就活で大手志向からベンチャー志向に変わった理由

- どのような大学生活を送っていたのですか?

サークル活動やゼミ、アルバイトなど、ごく普通の大学生活を送っていて、突飛なことをしていた訳ではありません。それでも目の前のことに全力で取り組んでいたので、とても充実した大学生活でした。特にサークル活動ではサッカーサークルのマネージャーをしていたのですが、週に3回、朝8時から練習をして、遅刻厳禁という体育会系のような雰囲気でした。練習中は選手と一緒にボールを拾ったり、選手と同じレベルでマネージャーが声を出す一体感がとても好きでしたね。日本一を目指す、とにかく熱いサークルだったと思います。

- 就職活動ではどのような軸で考えられていたのですか?

マーケティングに関わる仕事をしたい、という想いがあったため、大手総合広告代理店やコンサルティング業界を軸にして就職活動をしていました。当時のサイバーエージェントの印象は「キラキラしていて派手な人が行くような会社」。正直あまり良い印象を持っていなかったんです。しかし、広告業界を志望していたため、説明会には行っておこうくらいの気持ちで選考に臨み、本命は別会社で考えていました。

その気持ちが変わったのは、サイバーエージェントの社員と面談をしたことがきっかけです。当初は派手な人が多いイメージだったのですが、面談をしてみるとバリバリ働くかっこいい女性が多いという印象に変わっていき、いつのまにか志望度も上がっていました。また、面談をきっかけに就職活動の軸も変わったんです。当初は、仕事の面白さや憧れから大手企業を志望していましたが、仕事内容よりも、「20代のうちにどれだけ実力をつけることができるか」が大切だと考え直しました。将来結婚をして子供を産んだ時に、仕事とプライベートの時間をコントロールできるような人間になりたい、そのためには早くに実力をつけておく必要があると考えたからです。それからは若手でも裁量権が大きいベンチャー企業を志望するようになり、サイバーエージェントに入社を決めました。
 

入社2年目で女性最年少マネージャーに大抜擢

- 入社後のキャリアを教えてください。

インターネット広告事業本部にて営業に配属されました。実際に業務が始まると、出来ないということを言えずに問題を一人で抱え込んで、成果が出ない時期が続いていました。その後、検索結果に連動して表示されるリスティング広告を専門に扱う部署が立ち上がり、そちらに異動後も実力以上の仕事を請け負ってしまい、結果的にトラブルをたくさん起こしてしまったんです。当時の上司が一緒に対応をしてくれたのでなんとか回避できましたが、トラブルが起きてから上司に対応してもらうのではなく、周りにも協力してもらえる体制を作ることが大切だと学びましたね。

- そのような状態からなぜ女性最年少マネージャーへ抜擢されたのでしょうか?

逃げずに取り組む姿勢です。少しずつ一人でも仕事をまわせるようになってきたタイミングで、「ある案件の立て直しをフロントとして担ってほしい」と、任されました。それ自体は分かりやすく大きな成果に繋がるものではありませんでしたが、逃げずに誠心誠意取り組んだところ、立て直しに成功することが出来たんです。

コンペに勝ち抜くための営業力ももちろん必要です。しかし、マネージャーなどの管理職に求められていることは、大変な局面に対しても逃げ出さず、前向きにチームを引っ張っていける統率力だと思っています。実際に直属の上司には「目標が”マネージャーになること”ではないので、ポジションを通過点と捉えられている。更にその先を見据えてプレッシャーにも打ち勝ちながら、成長していくだろう」と言われました。たしかに逆境を成長機会と捉えていくマインドは強かったので、そこを評価してもらえたと思います。
 

“バケツに穴が空いた状態”
「そっくりマネージャー」と呼ばれた苦しい時代

- マネージャーという立場になりどのようにマネジメントをしていたのでしょうか?

意気込みはあったものの、正直最初はマネージャーとしての役割を果たせていませんでした。というのも、当時はメンバーが私以外全員新人で、売上などのチームの数字を自らも作らなければなりません。そのため、新規営業を率先して行っていましたが、そうなると既存のお客様がおざなりになってしまい結果的に攻めと守りのバランスが上手くとれず、全く結果に結びつきませんでした。よく上司からは「バケツに少しの水を入れても、そのバケツに大きな穴があったら意味がないんだ。」と言われていました。

どうしたらこの状況を打破できるのか分からず悶々とした日々が1年半も続き正直苦しかったです。部署の達成率も常に最下位争い。マネージャーでありながらその役割が担えていないということを比喩して、「そっくりマネージャー」と言われていました。

- どう乗り越えたのでしょうか?

「選択」と「集中」をしたことがきっかけです。組織体制が変わるタイミングで、その際に上司に悩みを全て打ち明けました。そこから業務を取捨選択し、持ち味であった新規営業にコミットしていくことに振り切りました。すると、役割を明確化できたこともあり、新規のお取引も少しずつ増えていったんです。案件が増えるため、メンバーや巻き込む社員も増えていき、結果的に売上目標を達成できるようになりました。ここから営業とマネジメントのバランスが取れていきましたね。

 

役職はただの役割であり
「何を実現したいのか」が大切

- 現在はマネージャーから昇格し営業責任者をされていますが、意識していることはありますか?

役職に就くことがゴールではなく、その上でどのように組織貢献をしたいのかを明確にすることです。「営業責任者になりたい」と公言していたこともあり、5年目になるタイミングで昇格し、早くも1年が経とうとしています。就任した直後は10名のメンバーをマネジメントをしていましたが、最近では100名近くいる部門全体も見る機会が増えてきました。担当する部門以外にも、より経営に近い立場で組織改革や人事など幅広い業務に関わり、より若手から組織全体の底上げをする事が一つの自分の役割として日々心掛けています。

「すぐに成果を出して欲しいわけではなく、数年後に組織の中核になれる可能性があると思って抜擢している」と専務取締役でインターネット広告事業を管轄する岡本から言われたことがあります。管理職になることがゴールではなく、その上でどのように組織貢献をしていきたいのかまでをセットで考えるように意識しています。


私は同期の中でも珍しく、一度も部署異動をしていないのですが、ジョブサイズが年々大きくなり、新しいミッションにも挑戦していける環境があるため、大変だったことはあっても一度も異動したいと思ったことはないくらい充実した日々を送っています。

- 今後の目標を教えてください。

どんなライフイベントがあっても自分で選択できるような実力をつける、ということは入社当初から変わりません。それと並行して、現在はマーケットの大きい「運用型広告」を担っているため、次世代のインターネット広告代理店を「運用型広告」が支えていけるような、影響力の大きい事業にしていきたいと思っています。その目標を実現するために、これからも自ら新しいことに積極的にチャレンジしていきます。
 

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