「知識の溝は自分から埋めに行く」アニメ制作DXを支える、ビジネスリードエンジニアのドメイン理解と推測力

技術・クリエイティブ

サイバーエージェントでは、AI時代における新たなエンジニア職種として、総合的な技術力を基盤に事業現場へ深く踏み込み、一気通貫でビジネスインパクトを創出する「ビジネスリードエンジニア(BLE)」を2026年8月に新設しました。

ビジネスリードエンジニアの活躍の場は、当社が強化するIPコンテンツ事業の中核であるアニメ制作の領域にも広がっています。今回ご紹介するのは、2025年1月に設立したアニメ制作スタジオ(株)CA SoaでDX推進責任者を務める上岡です。

以前の部署におけるDX推進での苦い失敗を乗り越え、データ利活用による着実な成果を創出した上岡。その過程で学んだのは、単なる技術導入ではなく、業務プロセスの正しい理解と現場との目線合わせがいかに重要かという点です(参照:「手段であるはずのAIが目的化!?「ABEMA」DX推進で得た失敗経験と、データ利活用までの道のり」)。そんな上岡が、現在どのようにアニメ制作のDX推進に向き合っているのか。ビジネスリードエンジニアとして辿り着いた思考法や、知識のギャップを埋めるための具体的なアプローチの数々に迫ります。

Profile

  • 上岡将也
    アニメ制作スタジオ(株)CA Soa DX推進責任者
    2019年新卒入社。R&D部門でのマッチングアプリ「タップル」の機械学習システム開発を経て、新しい未来のテレビ「ABEMA」のレコメンド最適化や、動画解析AIソリューションの責任者を務める。その後クリエイティブ領域のデータ活用におけるプロジェクトマネージャー、DX / 生成AI活用推進チームのエンジニアリングマネージャーを経験し、2025年4月より現職。

創作に没頭し、圧倒的な速さで成長できる環境へ

── 現在推進されている、アニメ制作におけるDX推進の取り組みについて教えてください。

(株)CA SoaのDX推進責任者として、アニメ制作の現場で制作進行や制作デスクといった制作スタッフおよびクリエイターへの技術支援を行っています。

CA Soaは、数々の有名アニメをプロデューサーとして手掛けた小川正和を代表として、2025年1月に設立されたスタジオです。アニメ市場が拡大を続ける一方で、制作現場では「作品数は増えているのに、クリエイターが足りない」状況にあり、長時間労働や工程の海外依存といった課題も山積しています。小川は設立にあたり、「アニメの制作環境に漂う閉塞感をクリエイターの方々と共に新たな技術力で打破したい」と語っています(参照:「CA Soa設立に関するプレスリリース」「アニメ制作の新時代を切り拓く「CA Soa」 クリエイターと描く未来」)。 その実現に向けて、サイバーエージェントがこれまで培ってきたソフトウェア開発の技術力と、小川らが持つ熟練のアニメ制作ノウハウを掛け合わせ、新しい技術を積極的に検証・導入しています。

その中で私たちが大切にしているのが、サイバーエージェントが掲げる「クリエイターファースト」の理念です。テクノロジーはあくまでクリエイターを支えるための手段であり、主役はクリエイターです。言うまでもないですが、AIでアニメそのものを作るのではなく、創作の主体であるクリエイターの力を最大限に引き出すことこそが私たちの目的です。 
クリエイターには市場拡大の恩恵を報酬として還元し、創作に没頭できる制作環境を整える。制作スタッフには定型業務やサポート業務を極力減らし、1人で1話1作品を任せてやり遂げる経験を通じて成長してもらう。ツールや作業の複雑化によって生まれたノンコア業務を技術の力で徹底的に削減し、この両立を実現することが私の役割です。

── 実際にアニメ制作の現場に入ってみて、どう感じましたか?

実際に入ってみてまず感じたのは、作品づくりを支える業務の多くが、今もアナログな運用と一人ひとりの地道な努力によって成り立っているということです。一見すると変革の余地が大きいようにも見えますが、異なるバックグラウンドを持つ私たちが、最新ツールを導入しましょうと一方的にシステムを押し付けたところで、制作のプロセスには決して定着しません。制作者の皆さんから見れば、異なる業界からやってきたエンジニアの存在に対し、当然戸惑いもあるはずです。

だからこそ重要なのは単なるツールの提示ではありません。丁寧な対話を通じて、最新の技術があればものづくりの環境はどう理想的に変わり得るかを共に描き出すことが必要不可欠です。まずは作品やクリエイターへの敬意を払い、信頼関係を積み重ねながら、アニメ制作の業務と業界の構造を深く正しく理解することが大切です。

「最新技術を知っていたら、どんな制作フローを描くか」知識のギャップこそ、エンジニアが力になれる領域

── アニメ制作現場の業務フローや業界構造を学ぶ中で、どのような現状や課題が見えてきましたか?

コンテンツ制作の現場では、必ずしも最新のWeb技術やソフトウェアを前提として業務が構築されているわけではありません。制作スタッフやクリエイターは、手元にある表計算ソフトやクリエイター向け標準ツールなどを駆使し、叶えたい要件を自分たちでできる範囲の中で工夫して解決しようと日々試行錯誤しています。

たとえば、素材共有や進行管理、発注請求管理といった業務では、用途ごとに異なるストレージや管理ツールが使われ、進行管理用のファイルが複数存在していました。現場による工夫の積み重ねが、結果として業務の複雑化につながっていたのです。アニメ制作に携わる制作スタッフやクリエイターにとっては、エンジニアが関わることで何ができるのか、どんな仕組みが作れるのかを知る機会自体がそもそも限られています。だからこそ私たちの役割は、単にツールを置き換えることではなく、皆さんがより創作に集中できる業務環境へと、共に進化させていくことだと考えています。

── 制作スタッフやクリエイターと、エンジニアとの間にある“ギャップ” を埋めるために、日頃からどのような視点を大切にしているのでしょうか?

常に意識しているのは、もし彼ら・彼女らが、自分と同じ技術や知識を持っていたとしたら、どんな制作フローを描いていただろうか?という視点です。

アニメ制作のプロフェッショナルが、もし最新の技術的な選択肢を持っていたなら、きっと今以上により良い制作フローや表現を描くはずです。ですが現実には、技術を知る機会がないために実現できていない部分がある。そこに生まれる “ギャップ” こそが、私たちがエンジニアとして力になれる領域です。

Web業界で培ってきた私たちの技術やノウハウが、アニメ制作のスタッフやクリエイターの力になることで、より一層創作に没頭できる環境づくりに貢献できればと思っています。

現場の情熱に、最新技術の選択肢を。クリエイターファーストなDX推進のための4つのステップ

── 知識のギャップを主体的に埋めていく上で、どのようなアプローチで取り組んでいるのでしょうか。

大きく分けて4つのステップで進めています。

ステップ1 制作責任者との信頼関係の構築

まずは、CA Soa代表の小川をはじめ、制作を統括するプロデューサーやメインスタッフと丁寧な対話を重ねることです。相手から「この人たちとなら一緒にやる価値がある」と感じてもらえる信頼関係を築くことが欠かせません。

そのために最も重要だと考えているのが、アニメ制作というドメイン(領域)に対する熱量と学ぶ姿勢です。例えばミーティングで分からない課題や専門用語が出たら、次の議論までに書籍や論文を読み込んで知識をアップデートしておく。貴重な時間を割いてくださる相手に対し、真摯に準備して臨むことを心がけています。こう言うと、戦略的に学ぶ姿勢を見せているのかと思われるかもしれませんが、私自身は無理をしてインプットしている感覚はありません。単にコンテンツ制作が大好きで、好奇心に任せて学んでいるだけなのですが、そうして前回の会話を踏まえて準備して臨む姿勢が、結果として確かな信頼関係に繋がっているのだと感じています。

ステップ2 業務構造の理解と課題の優先順位付け

業務フローや業界の構造を正しく理解した上で、ソフトウェアによる貢献余地がどこにあるかを見極めます。優先順位づけの軸となるのは期待されるインパクト、開発コスト、導入難易度などです。

特に導入の初期段階では、制作スタッフやクリエイターにとって、分かりやすく変化を実感しやすい課題から意図的に選ぶようにしています。制作スタッフやクリエイターから見た時にその最初の事例こそが、エンジニアがやってくれることの象徴になります。制作スタッフやクリエイターが成果を目にして、これは便利だ、こんなことまでできるのかと手応えを感じ、前向きに活用したくなるようなテーマから着手することが大切だからです。

ステップ3 プロトタイプによる素早い提案

優先度の高い課題に対しては、まず実際に動くプロトタイプを作成します。意識しているのは、「ソフトウェアを活用して、今の業務をこうした理想的なフローに変えていきませんか」と提案することです。

プロトタイプ段階での目的は、完璧な品質を目指すことではなく、実物を触ってもらいながらフィードバックを得ることにあります。最近はコーディングエージェントの活用で作成速度が飛躍的に上がり、異なるアプローチの案を複数提示して使い勝手を比較してもらうこともできるようになりました。動きや手触りのあるデモがあるからこそ、この操作はやりづらい、この項目がないと二重管理になってしまうなど、制作スタッフやクリエイターから具体的で質の高い声が引き出せます。

さらに大きなメリットは、実際に使ってもらうことで、利用時の反応や具体的なフィードバックを確認できる点です。実機を操作してもらうと、表情や間、発言から反応がダイレクトに伝わります。好感触が得られなければ「作り込んでも使われない」と判断でき、本格開発の前に着手すべきかを精度高く見極められる点に、プロトタイピングの大きな価値があります。

ステップ4 伴走による現場への定着

エンジニアと連携してソフトウェアを組み上げ、実際の制作フローへと組み込んでいきます。関係者が多いプロジェクトでは、説明会やハンズオンを開催し、一人ひとりに寄り添った丁寧な伴走を心がけています。

ここで最も意識しているのは “安心感の提供” です。長年慣れ親しんだ業務フローの変更は、大きな不安を伴うものです。そのため導入初期の2~3週間はエンジニアが徹底的に伴走し、使いづらさや不満の声があれば1~2日のうちにすぐ対応・修正する体制を整えています。不便な箇所もエンジニアがすぐに改善してくれる、という安心感はツールやシステムを業務フローに定着させる上で欠かせません。

「この環境で創りたい」と選ばれる未来へ。技術で切り拓くアニメ業界の新たな選択肢

── 当社では2028年までに「開発プロセス完全自動化」を掲げています。これまでの経験を踏まえ、ビジネスリードエンジニアだからこそ発揮できるAIには代替できない価値とは何だと考えていますか?

私が考えるビジネスリードエンジニアの本質的な価値とは、ビジネス側との知識や認識の “溝” を自ら埋めに行き、「もしビジネス担当者が最新技術を知っていたら実現していたであろう、理想の業務や事業の姿」を形にすることです。そのためには技術とビジネスドメインを融合させた知見をいち早く獲得し、その領域ならではの新たな価値を提示していく必要があります。その過程で欠かせないと実感しているのが、あらゆる物事を「推測する力」です。

アニメ制作における膨大な業務や、クリエイターの皆さんが長年培ってきたノウハウのすべてを、エンジニア自身が直接体験することは物理的に不可能です。だからこそ、「体験」以上に「推測」が重要です。あらゆる資料や対話からインプットを得て、業務がどう成り立っているのか、技術によってどう改善でき、それがどう事業成果に結びつくかを、高い精度で推測しなければなりません。

この推測を組み立てる際、私は頭の中で関係者一人ひとりになりきり、行動原理をシミュレーションする “脳内ロールプレイ” を行っています。これはアニメや映画で「このキャラクターの生い立ちや性格なら、こんな言動はとらないはずだ」と解像度を上げていく作業によく似ています。制作に携わる多様な職種の方々の動きを具体的に思い描くことで、だからこの工程には、こういうツールが必要だという仮説が見えてくるのです。

提案してみてギャップがあれば、必要なインプットを補い、自分の中の「アニメ業界モデル」をアップデートしていきます。ただし、ドメイン知識が深まるほど「玄人目線」に偏り、固定観念にとらわれるリスクも生まれます。だからこそ、ふと立ち止まって前提を疑えるよう、意識的に「素人発想」の視点を残しておくことも大切にしています。

── 最後に、自身の今後のキャリアにおける展望と、アニメ制作のDXを通して達成したい目標を教えてください。

将来的には、テクノロジーの力でコンテンツ産業全体のあり方を大きく変革できるようなエンジニアでありたいと考えています。ただ、私自身のキャリアにおける真の課題は、まだそうした「業界の前提そのものを覆すような根本的な構造変革」を成し遂げた経験がないことです。これまでは、どうしても現状の延長線上にある現実的な成果に収まってしまう部分がありました。だからこそ今後は、妥協のない理想を掲げ、それを形にして突き通す挑戦を重ねていきたいと考えています。

また、私たちがアニメ制作のDXで目指しているのは、単に自社グループ内での成功事例をつくることではありません。制作スタッフ・クリエイターと共に、アニメ制作という仕事の環境そのものをより良くアップデートしていくことです。

小川も語っているように、現在のアニメ業界には、長年培われたノウハウの属人化や人材育成の難しさ、プロジェクトごとの知見の散逸といった、個人や1社だけでは解決しづらい構造的課題が存在します。だからこそ、長年培われてきたものづくりの文化を尊重しながら、テクノロジーの力でその負荷を減らし、誰もがより創作に没頭できる環境を整えたいと考えています。

「CA Soaをはじめとする制作現場とサイバーエージェントの技術力を掛け合わせることで、クリエイティブの環境がここまで進化する」という実績を積み重ね、それが業界全体の選択肢の一つとして広がっていくこと。そして、多くの制作スタッフやクリエイターに「この環境や仕組みを使って作品を作ってみたい」と選んでいただける未来を創り出すことが、私たちが目指す真のゴールです。

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