手段であるはずのAIが目的化!?「ABEMA」DX推進で得た失敗経験と、データ利活用までの道のり

技術・デザイン

新しい未来のテレビ「ABEMA」は2024年9月に1週間の視聴者数(WAU:ウィークリーアクティブユーザー)が、3,000万を突破。テレビデバイスの視聴者数においても、昨年同週比112%の成長を記録しています。この成長の背景にはコンテンツの魅力に加え、データサイエンティストの活躍が寄与しています。デジタル技術とデータを活用し、ビジネス環境の変化へ俊敏に対応できるプロダクトを目指すチームのエンジニアリングマネージャーを担当する上岡に「ABEMA」DX推進におけるデータサイエンティストのあり方をインタビューしました。

Profile

  • 上岡 将也 (株式会社AbemaTV Development Headquarters Content Division DX Promotion)
    2019年新卒入社。ABEMAのコンテンツ制作、編集業務における課題に対し、コンピュータビジョン(主に動画解析)を活用したソリューションの責任者を務めたのち、クリエイティブ領域のデータ活用をPMとして推進。現在はDX・生成AI活用推進チームのマネージャーとして、デジタル技術とデータを活用し、ビジネス環境の変化へ俊敏に対応できるプロダクトを目指しています。

「手段であるはずのAIが目的化」!?失敗から得た学びとは?

── エンジニアとしてのバックグラウンドやお仕事の役割について教えて下さい。

私は2019年に新卒でサイバーエージェントに入社し、R&D部門に配属されました。当初は「タップル」における画像審査自動化を目的とした機械学習システムの開発、保守運用を担当していました。2020年からは「ABEMA」の推薦アルゴリズムの改善を通して、レコメンドの最適化を担当していました。

その後「ABEMA」のコンテンツ制作、編集業務における動画解析AIを活用したソリューションの責任者や、クリエイティブ領域のデータ活用のプロジェクトマネージャーを担当しました。

現在はABEMA Development Headquartersにおいて、DX推進チームと生成AI活用推進チームのエンジニアリングマネージャーを務めています。

── 「ABEMA」における、クリエイティブ領域のデータ活用に取り組むようになったきっかけを教えてください。

大学時代、私はコンピュータビジョンに関する研究をしていました。入社後もコンピュータビジョンを活用した機械学習システムの開発、運用をしていましたが、入社以前からいつか「ABEMA」の映像データを活用した仕事をしてみたいと思っていました。

ちょうどその頃アカデミックな研究分野ではもちろん、「ABEMA」の競合他社も映像データとAIを活用した事例をいくつか発表し、社会実装が進んできた時期でした。

そこで、専務執行役員の長瀬に「ABEMA」のコンテンツ・クリエイティブ制作における動画配信サービスならではの課題と、映像データとAIを活用した解決策を提案したところ、長瀬はこの提案に真摯に耳を傾けてくれました。映像データの活用とAIの重要性が経営層に理解されたことは非常に嬉しく、さらに社内でPoC開発を進めるチームを立ち上げるきっかけづくりまで支援してもらえました。

しかし、そこからの道のりは長く、苦い失敗も経験しました。

── 苦い失敗とは具体的にどういったものでしょうか?

当初、あくまで手段であるはずだったAIの活用が、いつの間にか目的化してしまい、結果的に「現場のニーズに合わない」という失敗を経験しました。例えば、番組のクリエイティブ制作を担当するクリエイターチームに対して「映像データからユーザーの趣向に合わせた画像を抽出し、サムネイルなどのクリエイティブを自動生成する」という提案を行ったところ、実現に至りませんでした。後からわかったことなのですが、実際の制作現場ではクリエイティブ制作の素材にスチール画像を使用することが多く、映像データから抽出されたシーンを素材として活用するニーズがないことが判明しました。

番組の収録現場では、単に映像シーンを収録するだけでなく、番組のクリエイティブコンセプトに沿った写真を撮影する事が、一連の撮影ワークフローに含まれていました。「ABEMA」のマーケティング戦略を考慮すると、番組のコンセプトに沿ったスチールショットを活用したいというクリエイターの意図からくるワークフローと言えます。

このケースは、SNSやプロダクト内部でよりコンテンツの魅力が伝わるようなクリエイティブを重視するクリエイター側のマーケティング観点に対して、ユーザーの趣向に基づいた映像データ解析を用いてクリエイティブの自動生成を提案した我々エンジニア側の課題認識の齟齬が原因と言えます。

「AIで映像データからクリエイティブを作る」という手段が目的化し、本来の目的である「顧客にコンテンツの魅力をより伝える」という点から逸れた提案をしていたという失敗ケース。今思い返すと、実際の業務理解、可視化のプロセスが抜けていたということで、実際の業務プロセスの中でAIを活用するエンジニアとしては非常に恥ずかしいことですが、同時にチームの向かうべきゴールが明確となるような失敗ケースでした。

── そういった課題はどんな現場でも起こり得るケースかもしれませんね。そういった課題を乗り越えるために、どんなことをしましたか?

いくつかの失敗を経て痛感したのは、エンジニアやクリエイターなど、職種間の相互理解は社内でも進んでいるとは言え、職種ごとのニーズや業務の解像度の違いなど、現場レベルでは課題感が残っていたりもする現状です。こういった課題は、クリエイターとエンジニアといった職種だけでなく、事業や組織やチームなど、どんな企業でも起こり得る組織課題だと思います。

先ほどの映像データとAI活用の提案が失敗した後に、あらためてヒアリングをしてみると、その当時事業として重要な課題はクリエイターが制作したクリエイティブの評価が正しくできていなかったことでした。平均値ベースで評価していたのですが、結果に再現性がなく、結果的に感覚的なクリエイティブ制作を行うしかなかったのです。

そこで我々はABテストを提案したのですが、そこでもいくつかの失敗をしました。

例えば、番組宣伝用のクリエイティブに関するA/Bテストで、エビデンスに基づいた評価分析結果を示す際、伝え方次第で受け止められ方が大きく変わってしまいかねません。十分なコンセンサスやオリエンテーションをしないまま、結果だけを伝えてしまうと、あるクリエイターにとっては、改善につながる価値ある情報となる一方で、別の人には自分のクリエイティブが否定されたと感じさせてしまうことがあるからです。

A/Bテストの結果には一定の信頼性があるとは言え、制作チームに受け止めてもらい、制作に活用してもらうためには、信頼関係や同じ課題を共有するというコンセンサスが重要です。

また、A/Bテストの設定、運用にはオペレーションコストが発生しますが、A/Bテストを実施すること自体が目的化するといったこともあります。

それらを防ぐためにA/Bテストの実施前のどのようなクリエイティブを使って、どのような知見を得るためにA/Bテストをするのかを考える設計フェーズからデータサイエンティストが議論に参加することで意味のあるA/Bテストのみを実施するようにしました。

とはいってもA/Bテストの実施数は日に日に増えたため、課題となっていたA/Bテストの設定作業のコストを下げるようなクリエイティブ登録、管理ツールの開発をしましたし、データサイエンティストのリソース不足を解決するために分析レポート作成の一部自動化を行ったりしました。

最近では、A/Bテストの運用がスケールするようになり、ようやく目指していた「コンテンツ・クリエイティブ制作にデータとAIの利活用」の道が拓けたと実感しています。データサイエンスをスケールさせるのは非常に難しく課題も多くありますが、「クリエイティブ」という今までデータやAIが業務において交わってこなかった領域に対して、制作フローレベルで貢献できた事に大きな価値を感じています。
 

クリエイティブ制作領域の データ活用を0から推進した話
ABEMAにおけるクリエイティブ検証とOPE活用

クリエイティブ担当の執行役員である佐藤も、A/Bテストを始め、データとAIの利活用に非常に興味をもってくれて「クリエイティブとABEMA内部での実績を一元管理して、ABEMAのプロダクト内部だけでなく、外部マーケティングにも有効活用していきたい」と期待を示してくれました。どうしても分散してしまいがちなクリエイティブデータが一元管理されれば、制作のワークフローの自動化なども視野に入ってくるので、今後の展開も楽しみです。

── 職種や部署間の意思疎通やコミュニケーションは、多くの企業にとって共通の課題でもあります。こういった課題に対して、どんな思考や行動が有効だと感じますか?

対話やコンセンサスが重要と言いましたが、私は少し泥臭い方法で実践していました。

当時、恋愛番組やドラマ、バラエティ番組の制作におけるデータ活用に関わるようになってから当然ですが、すべてのコンテンツを視聴するようになりましたし、時には収録、撮影現場やオフラインイベントなどにもできるだけ足を運ぶようにしていました。 そういった事を繰り返していくうちに、クリエイティブチームが手掛けたポスターやバナーがどのようにマーケティング展開され、ユーザーの目に触れるのかを体感することができるようになっていきました。その結果、番組制作、クリエイティブチームと同じ目線で会話ができるようになり、共通の課題に対して建設的な議論や相手に伝わりやすい資料の作成、提案ができるようになってきました。

私はニュース番組『ABEMA Prime』のファンでもあり、当然仕事でですが、スタジオを見学し、時には制作スタッフと会食に行くこともありますが、彼ら彼女らが番組に対してどれほどの愛情や情熱を注いでいるか、会って話すたびに実感します。

職種間の価値観を理解し、相手の業務領域に歩み寄るには、10回のミーティングを重ねるよりも、相手が手掛ける作品に触れ、可能であればその制作現場に一度足を運んでみる事のほうが、効果的だったりします。クリエイターが大切にしているポリシーや姿勢を理解することが、現場にデータとAIの利活用を信頼してもらうための、遠回りのようで一番の近道だと思っています。

当然ですが、実際に見て聞いて体験することで、これまで知らなかったデータや業務を知ることができ、課題発見という意味でも最短経路だと思っています。
 

クリエイティブ制作領域のデータ活用を0から推進した話 / CA DATA NIGHT #4 ~映像メディア技術による新たなデータサイエンスの可能性~

── 一連の試行錯誤からの成功体験を経て、成長したことは何ですか?

テレビ制作の仕事は、制作現場やそこに携わる人々との交流を通じて、並々ならぬ愛情や情熱をもってコンテンツが作られていることを再確認しました。一見すると「AIがテレビ局の制作の仕事を奪うのではないか?」というイメージを抱くかもしれません。しかし、私たちはむしろ、データに基づく根拠あるエビデンスをもとに、判断材料を提供することでクリエイティブをサポートし、より価値あるアウトプットを生み出すためのお手伝いをしたいと考えています。

最近、専務執行役員の長瀬とよく議論するテーマは「技術経営」です。エンジニアが技術を活用して経営の意思決定に選択肢を提示することが「技術経営」であり、選択肢AとBを提示する際には、それぞれのメリットや影響を信頼できるデータやエビデンスに基づいて示すことが求められます。その結果、経営層が最良の判断を下せるようにサポートすることが、私たちの役割です。

今やデータやAIが企業の未来を左右する時代といわれるようになり、それらが会社の方向性に大きな影響を与えるようになってきています。以前は「技術が目的化する」という罠にはまった経験もありますが、社会的な影響が大きくなる中で、より広い視野を持ち、さまざまなものとの間を埋め、時には越境することも重要だと感じるようになりました。

DXできる領域を開拓し、データサイエンティスト・AIエンジニアが活躍できる場を積極的に増やしていきたい

── エンジニアリングマネージャーとして今後の展望を教えて下さい。

「ABEMA」のようなエンタメ分野でも、データやAI活用がまだ進んでいない領域は多く残っています。今回のプロジェクトでは、特にクリエイティブ領域で成果が出たことにより、データサイエンティストの活躍の場が広がりました。

また、新卒のデータサイエンティストがプロジェクトに参加することで、若手の育成や新しいチャレンジの機会も生まれました。機械学習エンジニアや他の優秀な人材も、クリエイティブ領域で成果を上げられる環境が整ってきています。

今後は、データサイエンティストが「ABEMA」のコンテンツ制作やニュース制作により深く関わっていく事が必要だと感じています。なぜなら、GAFAMをはじめとする世界のビッグテックがAIやデータに投資しているのは、それが事業成果や競争優位性に直結しているからであって、ビジネスの成功のためにデータとAIの活用は必要不可欠になっているためです。

生成AIの登場でそれは間違いないと確信しています。

エンジニアリングマネージャーとしての私の役割は、データ活用やDXがまだ進んでいない領域を開拓し、データサイエンティストが活躍できる場を積極的に増やしていくことだと考えています。

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