未踏アドバンスト事業に採択された「ダンス + (機械学習 × Flutter × Unity) 」チームが目指した前人未到なチャレンジ

技術・デザイン

当社の伏木秀樹と辰己佳祐による「機械学習を用いたダンサー向けARエフェクト合成アプリ」プロジェクトが、独立行政法人 情報処理推進機構の提供する未踏アドバンスト事業:2023年度実施プロジェクトに採択されました。

本プロジェクトが提供するアプリ「Charmii - ダンスエフェクト動画制作アプリ」は、「スマートフォンからの操作で機械学習を行い、ダンス表現を拡張するARエフェクトを付与した映像を他者と共有できる」アプリケーションです。エフェクトが付与されることで生身の肉体だけではできない表現が可能になり、既にダンスに自信がある人はより魅力的に踊ることができ、ダンスに自信がない人でもエフェクトの力で自分をより魅力的に見せることが可能になります。ダンスに対する敷居を下げ、かつ表現をより豊かにすることで、ダンス業界の間口を広げ、本アプリを通してダンス業界を盛り上げていくことを目的としています。

伏木秀樹と辰己佳祐に、未踏アドバンスト事業に至った経緯や、技術的なチャレンジをインタビューしました。

Profile

  • 伏木 秀樹 (AI事業本部 AIクリエイティブディビジョン)
    2013年新卒入社。VR 系子会社にてUnityを用いたVR 音楽ライブ配信システムの制作に携わる。2020年より3DCGコンテンツの企画・制作を行う子会社にて、サッカー観戦の「スタジアムアプリ」における演出制作をメインで担当。その後、UnrealEngineによるCG合成を用いたバーチャル撮影のシステム構築を担当。そのほか社外ハッカソンにて多数入賞、AR グラスアプリ制作など社内外でAR 案件に携わる。

  • 辰己 佳祐 (株式会社アプリボット SGE新規事業準備室)
    2015年新卒入社。2023年7月まで株式会社AbemaTVでiOS・IPTV・AndroidTV・Nintendo Switchのクライアントアプリ開発に携わった後、現在は株式会社アプリボットでネイティブエンジニアとして新規プロダクトの開発に携わっている。

部署を横断したxRコミュニティから未踏アドバンスト事業へ

── お二人のエンジニアとしてのバックグラウンドを教えてください

辰己株式会社アプリボットで新規プロダクト開発に携わるネイティブエンジニアをしています。専門はiOSとAndroidですが、現在のプロジェクトではFlutterを活用したクロスプラットフォーム開発を行っています。また、以前の部署である株式会社AbemaTVでは、ネイティブ開発に加えて「ABEMA」Nintendo Switch版の開発にも関わりました。

伏木:私は、AI事業本部のデジタルツインレーベル事業部に所属する3DCGエンジニアで、冨永愛さんをはじめとした著名人のデジタルツインを制作する業務に携わっています。主に、Unreal Engine5を活用した映像制作におけるエンジニアリング全般に関わっています。

私たち2人は、AI事業とゲーム事業で別の事業部に所属するエンジニアですが、社内のxR関連の技術コミュニティに参加しています。サイバーエージェントでは「CAゼミ」という制度があり、パブリッククラウドや機械学習など20を超えるテーマでゼミが分かれています。私と辰己は、xRギルドというゼミに所属しています。

辰己:xRギルドでは、部署を横断してARやVR、3DCGや生成AI活用など実験的なプロトタイプを開発し、その一部は「WINTICKET」など主要な事業にも導入されています。ゼミ長の服部と協同で、競輪ARのアプリを開発しました。このアプリは現在も技術的なアップデートや新機能の実装が行われ「ミッドナイト競輪」の番組内で積極的に活用されています。

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── 未踏アドバンスト事業に応募する事になった背景を教えてください

伏木:私はダンスが趣味で、同時にARも好きでそれらを組み合わせたいと考えていたところ、とある縁から、XR JAPANというダンス, フリースタイルフットボール, 音楽, XR, 3DCGなどのパフォーマンスを扱うクリエイティブレーベルを立ち上げました。2021年にはダンス × ARのアプリをリリースしました。アプリを運用していく中で、ダンスを取り巻く世の中のニーズとビジネス的な可能性を感じるようになってきました。

技術的なチャレンジでもあった「ダンス × AR」ですが、ビジネス的にもチャレンジにつなげる機会がないかと思案していく中で、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)による、2023年度未踏アドバンスト事業公募概要を目にしたことが今回の応募のきっかけでした。

── ビジネス的な可能性とは?

伏木:例えばARは、2023年6月にAppleが公開したVisionProとvisionOS2023年10月に発売されたMeta Quest 3により注目が高まっていて、追い風が吹いています。また、ダンスに関しては、2024年のパリオリンピックの正式種目に採用されているブレイキンに注目が高まっています。プロダンスリーグ「D.LEAGUE」にはサイバーエージェントも「CyberAgent Legit」というチームでリーグ参画していて大きな盛り上がりを見せています。

一般の人々の間でも「TikTok」や「Instagram」で音楽に合わせて「踊ってみた」ショートムービーが流行するなど、ダンスがより身近に楽しめる存在になってきています。

「今年出さないでいつ出すんだ?」と気持ちが高まり、思い切って「未踏アドバンスト事業」にチャレンジしてみようと思いました。

── 数あるコンテストや公募の中で、未踏アドバンスト事業を選んだ理由は?

伏木:大学院時代に同級生が応募しているのがきっかけで名前を知りました。サイバーエージェントでも未踏事業の中の「未踏IT人材発掘・育成事業」に採択されたエンジニアが何名もいましたので、社内でもよく知られている感覚です。学生時代にエンジニアを目指している人であれば、その名前を聞いたことがある人が多いと思います。

未踏事業は、若手や学生向けの人材発掘プログラムという印象が強いかもしれませんが、事業形態によって応募要件や目的が異なっていて、我々が応募した「未踏アドバンスト事業」は全年齢対象です。25歳未満を対象とする「未踏IT人材発掘・育成事業」では、若手ならではの試行錯誤も評価されると思いますが「未踏アドバンスト事業」は「ビジネスや社会課題の解決」という側面が備わり、事業化と収益化を見据えたプロジェクトを提案する必要があります。

辰己:未踏事業は、例えるなら「若手漫画家にとっての、出版社が主催する新人賞」みたいな憧れがありました。社会人にも門戸を開いている「未踏アドバンスト事業」は私たちにもチャンスがありそうで、チャレンジしがいがありました。

その一方、「未踏アドバンスト事業」ではエンジニアリングとは違った視点が求められました。未踏事業の運営の方にも「未踏アドバンスト事業は、他の未踏事業から見ると一番のお兄さんだから頑張ってね。ビジネス目線だけは持っておいてくださいね」と温かいプレッシャーをかけられたりなど(笑)

「機械学習を用いたダンサー向けARエフェクト合成アプリ」プロジェクトが未踏アドバンスト事業:2023年度実施プロジェクトに採択されました
「機械学習を用いたダンサー向けARエフェクト合成アプリ」プロジェクトが未踏アドバンスト事業:2023年度実施プロジェクトに採択されました

社内外で専門外での学びを後押ししてくれる企業カルチャー

── ハッカソンやアイデアソンなどの発想やイマジネーションだけではない側面を問われると?

辰己:企画やアイデアに対して、技術的な実現可能性や可用性を問われました。面接では、過去の開発経験やリリースしたプロダクトについて、選定した技術や運用に至るまでの経緯、開発に要する期間や工数など詳しいヒアリングがありました。

その点、サイバーエージェントにおける私たちの開発経験は、大きな自信につながりました。私の場合は「ABEMA」のNintendo Switch版アプリ開発で、Unityを約2年半使用していた事や任天堂の公式オンラインストアの審査やリリース対応まで経験できたこと、iOS は「ABEMA」で3年ほど開発に携わってきた事など、具体的な開発事例を添えてアピールできました。

伏木:サイバーエージェントで働いていると、技術的にマルチスキルになっていくのがおもしろいですよね。ユーザーやアクセス数も桁違いに多いので、サイバーエージェントならではの開発体験が得られていたのも、面接での自信につながりました。

── 会社の仕事とは別軸での活動ですが、上司をはじめとして社内でどのように理解を得ましたか?

伏木:2023年4月に1次選考を通過し、2次選考に進むことになりました。採択に際しては承諾書を所属会社に書いてもらう必要がありました。当時の上長に「未踏に応募しています」と伝えたところ「いいね!」と即答してくれたのが印象的でした。

辰己:私も当時の上長に相談したところフランクに「いいね!おめでとう!」と言ってくれました。

── 「いいね!」という言葉には、会社の本業以外の技術的なチャレンジを推奨するなど、様々な意味が含まれていると思いますが、どういう意図での「いいね!」なのでしょうか?

辰己:サイバーエージェントのエンジニア組織では、ビジネス的な視点や専門領域外の経験を積むことをプラスに評価しているカルチャーがあります。国内外のカンファレンスへの登壇や参加、「挑戦の応援と才能開花」を実現する「キャリチャレ制度」とキャリアエージェント、多職種とチームを組んで会社の経営課題を議論して決議する「あした会議」など、エンジニアにとって技術以外でも知識や経験を広げる機会が多々あります。

当時の私の上長も、未踏事業採択の評価基準となる「事業化と収益化を見据えたプロジェクト」という観点に共感し、快く「がんばってきて!」と背中を押してくれました。また、異動先の上長も、異動直後にも関わらず快く承諾書を書いて応援してくれました。

伏木:更に、採択後には会社の公式サイトに掲載されるなど、採択のニュースを会社をあげて盛り上げてくれた事も印象的でした。

辰己:「会社が応援してくれているんだ」という実感があって、チャレンジするモチベーションが高まりましたよね。
 

ダンスエフェクト動画制作アプリ Charmii 使ってみた - 和風ダンス編 -
ダンスエフェクト動画制作アプリ Charmii 使ってみた - 和風ダンス編 -

ダンス + (Unity × Flutter × 機械学習)

── 開発したアプリは、Unity as a Libraryや、Flutterや機械学習など技術的に価値ある要素も含まれていて大変興味深いです。まずUnityとFlutterを技術選定した背景をおしえてください。

辰己:まずARの根幹としてUnity as a Libraryを選定しました。Unityで構築したアプリケーションをネイティブアプリのライブラリとして扱う事ができる機能です。Unityが得意とするAR や3D/2Dのリアルタイムレンダリングをネイティブアプリに組み込むことができるのが特徴です。

UIに関しては、よりネイティブアプリのパフォーマンスやUX体験を発揮するために、クロスプラットフォームであるFlutterを導入しました。

── Unity自体がクロスプラットフォーム開発が可能ですが、あえてFlutterを導入したのはなぜですか?

辰己:もちろん、Unityを採用した時点でiOSとAndroidのクロスプラットフォームを実現することはできますが、ネイティブアプリに寄り添った UI/UXを実現する事に課題が残ります。Unityの仕様に準拠する過程で、ネイティブに近い動作が制限されたり、パフォーマンスが低下するケースがあったからです。

例えば、Unity側で網羅的に対応していないネイティブのUI機能や、ネイティブ側のAPIをコールしなければならない場合など、Unityからネイティブ機能を使用する際には使いづらい部分があるのが現状です。結果的に、AndroidやiOSの機能を呼び出す度に、それぞれのネイティブコードをC#でコーディングする可能性がありました。

そこで、サイバーエージェントで5年以上実績があるFlutterを活用する事にしました。

WINTICKET」や「スタコミュ」「WRESTLE UNIVERSE」など数々の実績があり、私も現在の新規プロダクトで活用しています。FlutterはOSS開発のカルチャーが成熟していて、「flutter_unity_widget」などUnity との連携を実現するための堅牢なパッケージが提供されています。コミュニティも活気があり、iOS/Androidの機能を呼び出す機能を1つのコードで実現できます。

また、ホットリロードと宣言型 UIを活用することで、UIをスピーディに作成できる点も注目しています。特に、ホットリロードは非常に便利な機能で、iOSやAndroidのネイティブ開発でボトルネックになっているビルド時間を大幅に削減できました。ホットリロードはFlutterが内蔵する素晴らしい機能であり、開発速度が飛躍的に向上しました。

メモリやパフォーマンス面でも安定していたのも印象的でした。当初、FlutterとUnityを連携して動作させた場合、アプリがクラッシュする可能性やメモリのオーバーフローの心配がありました。しかし、実際に作ってみると、思ったよりもメモリへの影響が少なく、Unityだけで作った場合と同等のパフォーマンスが発揮できました。
 

リアルタイムでダンスにエフェクトをつけられるのがUnityならではの強みです
リアルタイムでダンスにエフェクトをつけられるのがUnityならではの強みです

── ダンスの演出を支えるARや機械学習についても教えてください。

伏木:今回、Googleが提供するオープンソースの機械学習ライブラリである「MediaPipe」を活用しました。ライブメディアやストリーミングメディア向けのMLソリューションで、映像から顔検出、手検出、ポーズ検出を実現できます。このライブラリを使用することで、ダンスの動画から骨格検出が可能になりました。

例えば、iOSのARKitでは検出が難しいヨガやダンスなど、骨格が複雑に動作するモーションの解析に、機械学習が効果を発揮しています。

── ダンスしたい人にとって、モーションキャプチャースーツやモバイルモーションキャプチャーグッズを身につけるのもハードルがあるので、機械学習でモーションを自動検知してくれるのは、ユーザーフレンドリーですね。

伏木:ユーザーに負担をかけないよう、エンジニアリングで解決したいと思い、機械学習を取り入れました。「未踏事業」という言葉から、機械学習など業務未経験の分野を扱うことで、自分なりの「未踏」にチャレンジしたいと思いました。その結果、機械学習などの学術要素を取り入れることはチャレンジングで得難い経験になりました。現在は「MediaPipe」を使っていますが、さらなる骨格検出精度向上のため自前で学習モデルを作成することも検討しています。また、他にもさまざまなライブラリを検証して精度を向上させていきたいと思っています。

── 機械学習を導入する上で、技術的に難しかった点を教えてください。

伏木:「MediaPipe」の導入で、モーションデータをかなり精密に取得できるようになりました。とは言っても不特定多数のユーザーが表現する、様々なダンスモーションに完璧に追随するには課題もあり、時にポーズや関節が奇妙な姿勢になったり、カクツキが発生したりもしました。そのため、カクツキを減らすためにスムージング処理を行ったりしました。またユーザーの動きに合わせてキャラクターを動かすという機能もあり、IK/FK(※)を使って、ユーザーの関節位置から関節角度への変換を、C#でリアルタイム処理したのは難易度が高かったです。

※ IK(Inverse Kinematics)は目標に合わせ末端から関節を制御し、FK(Forward Kinematics)は関節を順に動かして細かなポーズを作る3DCGモデリングに関するアニメーション技術。
 

社外での挑戦にも、背中を押して応援してくれる安心感

── サイバーエージェントでは、未踏事業をはじめとした社内外への技術的なチャレンジを応援するカルチャーがあります。これから何かチャレンジしてみたいと思っている人にメッセージをください。

伏木:「未踏アドバンスト事業」のような、チャンスやチャレンジに飛び込む事で得られるものはたくさんありますが、行動を起こすには勇気やモチベーションの維持が必要で、それなりにコストや工数もかかる事でもあります。躊躇したり、機会を見送ろうと思う気持ちもよくわかります。

そんな時、会社や上司や同僚が「いいね!やってみなよ!」と後押ししてくれる環境にあったことで、安心してチャレンジできましたし、何よりモチベーションや励みになりました。

辰己:サイバーエージェントは、業務で成果を上げていれば、プラスαのチャレンジを応援してくれる環境が素晴らしいと思います。「未踏アドバンスト事業」のような外部の機会だけでなく、社内でもキャリチャレリスキリングセンターなど、チャレンジする機会があります。

そして何より、一緒にチャレンジしてくれる仲間がすぐに見つかるのも最高です。今回だと「CAゼミ制度」を通じて、部署をまたいだxRギルドメンバーとして伏木と携われた事は得難い経験になりました。

伏木:副業など会社の業務とは別のフィールドでチャレンジするのもありだと思いますが、人知れず感を持ちながらチャレンジするよりも、所属する部署の上司や同僚に応援してもらえる環境の中で、堂々とチャレンジできたのはありがたかったです。

辰己:確かに、内緒でやるよりも、ちゃんと会社の人に伝えて、みんなが後押しして応援してくれる環境でやらせてもらえるのは、安心してチャレンジできますよね。

伏木:「未踏アドバンスト事業」についても、サイバーエージェントから新たな応募者が増えてほしいなと思いました。

辰己:毎年、社員がチームでチャレンジしてくれたら嬉しいですよね。ぜひ私達の後に続いてほしいなと思います。

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