XR研究所が追求する「社会がスマホの次にシフトする世界」ービジネスの種を育てる秘密基地にー
当社には、特定の分野に抜きん出た知識とスキルを持ち、第一人者として実績を上げているエンジニアを選出する「Developer Experts制度」があります。その次世代版である「Next Experts」として選出したエンジニアは、各専門領域において培った知見をサイバーエージェントグループ全体に還元すべく、技術力の向上に努めています。
2018年に新卒入社し、数々のXR関連(※)のプロジェクトに関わり、現在はXR研究所の所長を務める岩崎は、Mixed Reality領域のNext Expertsも担当しています。XR研究所のミッションに「サイバーエージェント全体にXR技術を啓蒙し、新たな事業の種を育てる」を掲げる岩崎に、サイバーエージェントにおけるXR領域の現在地と、次世代の技術に対するチャレンジについて聞いてみました。
※ XR(extended reality、cross reality)は、現実世界と仮想世界を組み合わせ、新しい体験を実現する技術の総称です。AR(拡張現実)、MR(複合現実)、VR(仮想現実)などの先端技術を総称します。
Profile
-
岩﨑謙汰 (AI事業本部 AIクリエイティブディビジョン XR研究所 所長)
2018年サイバーエージェントに入社し、VTuber撮影システムやVRアプリ開発に従事。2020年から3DCG合成撮影システムの開発やHoloLensプレゼンの開発に携わる。2024年からはXR研究所所長に就任し、XR事業開発に従事。人生のミッションは「XR界の吉田松陰として、コミュニティから歴史に名を残す人を生み出すこと」。主催コミュニティとして2019年 withARハッカソンを設立、2021年Iwaken Lab.を設立、共同代表にて2022年 Babylon.js JAPANを設立、運営として2023年 visionOS Engineer Meetupを設立。
XR研究所が目指す「サイバーエージェントの新たな事業の種を育てる」とは?
── エンジニアとしてのバックグラウンドやお仕事の役割について教えてください。
私は2018年にXRエンジニアとして新卒入社しました。AI事業本部のXR関連事業部に在籍し、バーチャルイベント案件やメタバース事業の開発プロジェクトに携わってきました。2024年3月からは、AI事業本部 XR研究所の所長を務めています。XR研究所のミッションは「サイバーエージェント全体にXR技術を啓蒙し、新たな事業の種を育てる」ことです。
現在は、Jリーグクラブ「FC町田ゼルビア」と一緒に「Apple Vision Pro」でサポーターを楽しませるための「Apple Immersive Video」のコンテンツ開発に取り組んでいます。
── サイバーエージェントがXR領域に取り組む背景について教えて下さい。
XR領域は、既存のサイバーエージェントの事業との親和性が非常に高いと感じます。例えば、3DCGを使ったクリエイティブはインターネット広告でも使われていましたが、近年では駅前の大型エキシビションなど街中でも見られるようになりました。
また「VRChat」や「cluster」といったVRプラットフォーム上のコミュニティでは、多くのユーザーが集まり、音楽ライブやプロモーションイベントが行われ、新たな市場の開拓が進んでいます。サイバーエージェントでもメタバースコミュニティ「ピグ」において、3D空間上にピグの世界観を構築するプロジェクトが進行しています。
私自身も2024年1月に人気オンラインゲーム「フォートナイト」に「くまモン島」を登場させるプロジェクトを公開しました。このプロジェクトでは、「Unreal Editor for Fortnite」を活用し、熊本を舞台にした新しいマップの開発を担当しました。「くまモン島」は、ゲームとコミュニティが融合する空間として設計され、訪れたプレイヤーに熊本の魅力が伝わるよう、実在の観光地や特産品を取り入れた没入感のあるマップを作成しました。公開後、19万人以上のユーザーに楽しんでいただき、熊本の魅力を世界に発信する新しい形のプロモーションとなりました。
また、2024年2月に米国で発売された「Apple Vision Pro」は、空間コンピューティングの可能性を日常生活に溶け込ませる画期的なデバイスとして注目を集めています。これに伴い「ABEMA」も2024年6月に「Apple Vision Pro」での視聴に対応しました。
このように、XRはサイバーエージェントの既存事業との親和性が高い技術領域と言えます。その一方で、デバイスの普及や事業化までの障壁など、様々な課題もあるのも事実です。XR研究所では、そういった課題に向き合うことも大きなテーマとしています。
XRをビジネスとして成立させるために必要なこととは?
── XRをビジネスシーンに実装していく際の課題とは?
XR分野では「Apple Vision Pro」や「Meta Quest 3」など魅力的なハードウェアのプロダクトが次々と発売され、建築現場や自動車工場などでの活用事例が増えています。人手不足やヒューマンエラーの防止といった社会課題に対して、XRが社会にもたらすメリットへの期待が高まっていると言えます。
その一方で、製品の価格帯やゴーグル型インターフェースの特性などから、一般消費者への浸透にはまだ時間がかかることや、XR開発に対応できるエンジニアやクリエイターの絶対数が少ないという課題も依然として存在しています。
そんな中、XR研究所を立ち上げたのは、AI事業本部としてAIはもちろん、XRをはじめとした次世代技術に注目していたためです。ビジネスにおけるXRの活用事例を増やすことで、XRの可能性をさらに広げたいと考えているといった背景があります。
XR研究所の第1弾の実績として、2024年8月に都内のサウナ宿泊施設であるドシー恵比寿と共同で、サウナの後の「追いととのう」をテーマに、「Apple Vision Pro」がもたらす新しいリラクゼーションを体験できる実証実験プロジェクトを実施しました。
このプロジェクトでは、サイバーエージェントとして初めてApple Vision Proを活用した先駆的な事例を作り上げることができました。
実際にサウナで体験したユーザーからは、「映像空間とサウンドが美しく、新しいサウナ体験になった」「サウナで整ったあとに体験するアプリの没入感がすごい」といった嬉しい声が多く寄せられました。新しいエンターテインメント体験が生まれることを実感しました。
私がXR研究所で最も注力しているのは、XR技術をビジネスに革新的に活用する方法を発明することです。新しい技術の利活用となると、どうしてもエンジニア目線に閉じ込められてしまいがちです。
会社組織の一部である以上、将来的な事業性は常に念頭に置いています。一方で、マネタイズを急ぎ過ぎるとアイデアがしぼんでいくリスクもあります。私たちは、将来の事業性を見据えつつ、社会にインパクトがあるような事例を作っていくことを当面の目標としています。
例えば、「追いととのう」イマーシブコンテンツの企画実施においては、数々の広告クリエイティブの受賞歴を持つ(株)CYPARの中橋をプロデューサーとして迎え「Apple Vision Pro」導入をビジネス的に成立させる方法を実証しました。
── XRをビジネスとして成立させるために、どんな事からはじめましたか?
XR研究所を立ち上げてすぐ、2024年2月に米国で発売されたばかりの「Apple Vision Pro」を入手し、いち早く体験できるイベントを社内の経営陣や事業責任者を中心に開催し、約150名が参加しました。更に、事業責任者やクリエイター向けにアイデアソンを開催し、実際に「Apple Vision Pro」の実装シーンを企画する事で、既存事業における可能性を検討してもらうことを目指しました。
このような体験を通じて、次世代の技術に興味関心があるビジネス職とエンジニア、クリエイターをつなぎ、新たな事業の種へとつながる可能性が高まると考えました。
── XRをビジネスに導入とはどのようなプロセスになるのでしょうか?
体験会をきっかけに、中橋が「Apple Vision Pro」のビジネス導入に特に強い関心を寄せてくれ、彼が常日頃から考えていた多くのアイデアを積極的に共有してくれました。私が「Apple Vision Pro」の技術的な特性や、空間コンピューティングがもたらす新たな表現力について説明すると、中橋は即座にプロジェクトの企画を立案し、プランナーたちを招集してキックオフミーティングを開始しました。
「カプセルホテル」「禅」から「サウナ」と「Apple Vision Pro」を組み合わせて「追いととのう」というコンセプトが確立されると、次のステップとして顧客をターゲットにしたアプローチを迅速に開始しました。
「visionOS」と「Unity PolySpatial」をめぐる技術的な課題とその乗り越え方
── 実際の開発はどのように進めたのですか?
私も並行して「visionOS」に対応可能なエンジニアと3Dクリエイターを探し始めました。「visionOS」は2024年2月時点でApple Vision Proが米国で発売されたばかりで、開発者にとっても未知の領域だったため、以前からXRに関する技術的な検証を続けている「CAゼミ制度 xRギルド」の服部に声をかけ、協力を依頼しました。
xRギルドは「ABEMA」や「WINTICKET」向けに「競輪AR」というプロダクト提供をしていて現在も運用中です。また、技術評論社から「Apple Vision Proアプリ開発ガイド~visionOSではじめる空間コンピューティング実践集」という技術書を出版するなど、XRに関する実績を持つ全社横断の開発チームです。xRギルドでは、APIが公開されたばかりの「visionOS」や「Unity PolySpatial」に関する技術検証を行っているメンバーも数名在籍していました。
プロジェクトの発足から4ヶ月。様々な技術的な課題に直面しましたが、無事にイマーシブコンテンツの実証実験を終えることができました。
── 技術的な課題とは?
「追いととのう」イマーシブコンテンツの開発では、技術的にも頻繁にバージョンアップし続けている「visionOS」「Unity PolySpatial」「Blender」を活用するなど、技術的にも価値あるプロジェクトになりました。
特に「visionOS」は開発期間中にメジャーバージョンが1系から2系に上がる発表がされるなど、新しいAPIへの対応判断が迫られるなど多くの課題が発生しました。
また「Unity PolySpatial」を活用した開発においては、XcodeのApple Vision Proシミュレーター上では動作するが「Apple Vision Pro」実機の特定の挙動において動作しない現象に苦労しました。特に「Unity」における光の演出を担うポストプロセス処理が「visionOS」では未対応だったため、Bloomの表現を使わない演出にするなど、表現面でも工夫しました。
また、パフォーマンスの最適化も、リリース直前まで取り組んでいた課題です。「Apple Vision Pro」はスペック的に高いマシン性能を有していますが、それでも開発が進むと描画遅延や3Dモデルのカクつきが発生しました。パフォーマンスチューニングに関しては、当社のUnity分野のDeveloperExpertsをはじめとして、他部署のエンジニアにも協力してもらいながら、解決の糸口を探りました。
本プロジェクトの開発は当初の予想以上の困難に直面しましたが、サイバーエージェントとして初めての事例を作り上げたことは大きな成果であり、この経験は今後の社内における「visionOS」プロジェクトにおいて重要な知見になると考えています。
社会が「スマホの次」にシフトする世界を見据えて
── XR研究所は今後、どんなプロジェクトに関わっていく予定ですか?
現在、「FC町田ゼルビア」向けの「Apple Immersive Video」プロジェクトに取り組んでいます。「Apple Immersive Video」は、180度の視野角と空間オーディオでの撮影が可能な3Dビデオで収録・制作をすることで、視聴者に眼の前にシーンが迫ってくるような感覚を与える、画期的なビデオフォーマットです。「FC町田ゼルビア」の試合における、熱狂的なプレイシーンや裏側を180度カメラで撮影しコンテンツ化することで、ファンに圧倒的な没入感を提供することを目的としています。
「Apple Immersive Video」向けのプロトタイプ開発を通じて改めて感じたのは、サッカーをはじめとするスポーツ事業と、サイバーエージェントの既存事業との相性の良さです。
サイバーエージェントでは、スポーツ・格闘技などの産業に対し、デジタルプラットフォームでの配信を手掛けるエンタメテック部門がありますし、世界のダンスコンテストで活躍する先鋭たちが集結した「CyberAgent Legit」は、プロダンスリーグ「D.LEAGUE」で様々なジャンルで個性を融合させ、質の高い本物のパフォーマンスを目指しています。
XR研究所のミッションである「サイバーエージェント全体にXR技術を啓蒙し、新たな事業の種を育てる」を実現するために、サイバーエージェント内にはXRを活用できる多くのビジネスドメインがあると感じています。全社の幅広い事業からXRにつながる新しいビジネスを発明するのが私の役割です。
── XR研究所の所長として、どんな形で会社や業界に貢献していきたいですか?
私は、XR研究所の他に、サイバーエージェントにおけるMixed Reality領域でのNext Expertsを担当しています。その活動に加えて、個人で運営する技術好き学生支援コミュニティ「Iwaken Lab.」を運営していて2024年10月現在で55名のメンバーを応援し、100名以上の支援者様がいます。また、Microsoft社の「Microsoft MVP for Mixed Reality」を3年連続で受賞していて、学生支援活動を通じて、XRに興味をもつ学生のチャンスの創出と啓蒙を目指しています。
学生の頃からXRが好きで、この技術を社会に役立て、社内外で活躍する人を育てたいと考えています。XR研究所やNext Experts、「Iwaken Lab.」を通じて、XRとビジネス課題をつなぐハブの役割を果たしたいと考えています。
先日も、サイバーエージェントにおいて「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(多様性・公平性・包摂性)」を推進する「Tech DE&Iプロジェクト」 と共同で「女子中高生向けのApple Vision Proのワークショップ」を開催しました。IT業界におけるジェンダーギャップは社会課題として「Tech DE&Iプロジェクト」が取り組んでいる課題です。体験会を通じて多くの女子中高生がXRに触れることで、その後のSTEM領域への進学のきっかけや、職業選択の可能性につながればと考えてワークショップを開催しました。
「Apple Vision Pro」や「XREAL Air 2 Ultra」など新しいガジェットが次々と登場し、多くの人がこれらの端末が生活に浸透する未来に興味を持っています。今後は廉価版も登場し、いずれはスマホのように普及するのも時間の問題です。
XR研究所は、ビジネスとエンジニアをつなぐ架け橋となり、新たな事例を生み出し、次世代のXRエンジニアが活躍できる秘密基地のような場にしていきたいと考えています。
オフィシャルブログを見る
記事ランキング
-
1
サイバーエージェントの“自走する”人材育成 ー挑戦する企業文化ー
サイバーエージェントの“自走する”人材育成 ー挑戦する企業文化ー
サイバーエージェントの“自走する”人材育成 ー挑戦する企業...
-
2
Activity Understanding(行動理解)研究の挑戦 ー実世界で...
Activity Understanding(行動理解)研究の挑戦 ー実世界でのニーズに応えるAIやロボティクス技術の開発とはー
Activity Understanding(行動理解)研究...
-
3
「Abema Towers(アベマタワーズ)」へのアクセス・入館方法
「Abema Towers(アベマタワーズ)」へのアクセス・入館方法
「Abema Towers(アベマタワーズ)」へのアクセス・...
-
4
Google、LINEヤフー、TikTok…受賞実績が証明する広告効果の実力
Google、LINEヤフー、TikTok…受賞実績が証明する広告効果の実力
Google、LINEヤフー、TikTok…受賞実績が証明...
Activity Understanding(行動理解)研究の挑戦
ー実世界でのニーズに応えるAIやロボティクス技術の開発とはー
インターネット上だけでなく、私たちが生活するリアルな実世界において、AIサービスを実現するための基盤研究に取り組むAI LabのActivity Understanding(行動理解)チーム。2023年から始まった研究領域ですが、既に当社が展開するリテールメディア事業において実装が進んでいます。
多様な専門性のあるメンバーが、事業と連携し垣根を超えて生み出す新たな価値とはー?
Activity Understandingチーム立ち上げ当初から研究を行う3名のコメントを交えながら、紹介します。