iPhone1台で「AbemaTV」競輪チャンネルのレース予想解説をAR化
XRの可能性を事業課題で示したXRギルド
サイバーエージェントには、エンジニアのスキルアップ・好奇心やチャレンジを後押しするための「CAゼミ制度」と呼ばれるものがあります。所属に関わらず、興味関心のあるテーマに沿って活動を行うためのサポートを会社が行っており、現在24のゼミが活動しています。今日はその中の1つである「XRギルド」チームをご紹介します。
「XRギルド」は、2019年4月インターネットテレビ局「AbemaTV」に新設された「競輪チャンネル」の番組内で使われるレース予想の解説用ARアプリを開発しました。その開発秘話についてお届けします。
Profile
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服部 智 (ハットリ サトシ)
「CAゼミ制度」XRギルドリーダー。AbemaTVのiOSエンジニア。SIer、スタートアップを経てサイバーエージェントに中途入社。一時期毎週のようにハッカソンに参加していた。 -
辰己 佳祐 (タツミ ケイスケ)
2015年サイバーエージェントに新卒入社。AbemaTVのiOSエンジニア。XRギルドではARアプリ開発を主に担当している。沖縄三線が弾ける。
ビジネスの技術課題に向き合う「CAゼミ制度」
ー「AbemaTV」の競輪チャンネルにARが導入されましたが、有志のエンジニアを主体に開発したと聞きました。
服部:はい、そうです。サイバーエージェントには「CAゼミ制度」と呼ばれる制度があります。これは、サイバーエージェントの技術組織を更に強くするために、組織横断的な技術共有を制度として進めるべく、テーマに沿って、大学のゼミのように研究をしていくものです。勉強会とは異なり、その活動によって得られた成果を事業に活かすことがミッションに挙げられています。
責任者は公募制で、エンジニアは所属する組織や技術領域にとらわれず、それぞれ興味あるゼミに参加することができ、業務時間の一部をゼミ活動に割り当てることができます。
私はゼミ制度の中の「XR(※)ギルド」の責任者をしており、今回の「AbemaTV」
競輪チャンネルのARプロジェクトは、ゼミ活動の一環として、XRギルドから私と辰己がメインエンジニアとして参加しました。
※ xR(x Reality)の略。AR(拡張現実)、MR(複合現実)、SR(代替現実)、VR(仮想現実)等の技術の総称。
辰己:私たちは、普段は「AbemaTV」のiOSエンジニアですが「競輪チャンネル」のARプロジェクトに関しては「XRギルド」のメンバーとして参加しています。
服部:ゼミ制度のおもしろいところは、活動内容を事業成果につなげることを目標にしている点です。ゼミ開設時に、事業に対してどんな成果を出すのか目標設定を明確にする必要があり、責任者は目標に向かってチームを率いて活動し、半期ごとに成果報告会も実施しています。
辰己:メンバーとして嬉しいのは、「XRギルド」での活動成果を自分の直属の上司にレポートしてくれることです。「XRギルド」の活動や成果について知ってもらうことで、認めてもらえるので、挑戦しがいがあります。
ー 「XRギルド」の活動目的はなんですか?
服部:これは主観ですがXRという技術分野は、エンジニアとしては技術的な探究心を深掘りできる分野である一方、それ単体ではまだ事業でマネタイズできるフェーズではないと思っています。
今後、会社がXRの技術分野に貼り続けていくことを考えた際、既存の事業が抱える課題に対して、XRで解決できるようなスキームを考える必要があります。
そのため「XRギルド」設立の時に、目標設定はかなり悩みましたね。
辰己:確かに、みんなで議論しましたね。XRは世の中に対して技術が先行しているため、既存事業に提案できるような尖ったプロトタイプを量産し「これビジネスに使えるかも」と言われるような組織を目指そうといった話をしたことを覚えています。
服部:ビジネスに活かせる技術を提供することが、エンジニアのプレゼンスを高めることになるので、XRギルドはそこを目標点にしました。
「XRギルド」が活動を始めて半年。ようやく実現したのが今回の「競輪チャンネルのAR化プロジェクト」でした。
「動画配信とARを融合させる」ためのプロトタイプ開発の日々
辰己:ただ、ここに至るまでたくさんのプロトタイプを開発しました。
手応えがあったのは、ARの平面検知機能を利用し、壁やテーブル等をモニターとして捉えることで、スマホを通して巨大な「AbemaTV」を映しだすプロトタイプを披露したときです。
あとは「買えるAbemaTV社」のポスターにスマホをかざすと、ARでポスター上に「買えるAbemaTV社」のCM動画をオーバーレイで再生させ、ユーザーがCM動画をクリックすると商品の購入ページに遷移できるようなAR動画広告のプロトタイプも作成していました。
ー なぜ「AbemaTV」にしたのですか?
辰己:「AbemaTV」はマスメディアを目指していて、複数デバイスに対応しているフェーズでした。例えばARで「AbemaTV」が視聴できる体験をユーザーに提供すれば認知を増やすきっかけになると思い、技術でメディアの付加価値をプラスできればと思い、アイデアを考えました。
プロトタイプがつないでくれた「競輪チャンネル」からの正式オファー
ー 「AbemaTV」の「競輪チャンネル」で導入された経緯をおしえてください
服部:それからしばらくして「AbemaTV」のスタジオ運営センターの近藤 信輝から「今度新設する競輪チャンネルにARを導入したい」と相談がありました。
近藤はプロ麻雀リーグ「M,LEAGUE(Mリーグ)」の中継にARを導入していて、ギルドの中間発表会にも来てくれていたし、M.LEAGUE(Mリーグ)のスタジオ見学にギルドメンバーを招待してくれるなど、以前から交流があったのです。
辰己:近藤は「AbemaTVらしい新しい解説番組をつくりたい」というイメージがあったので、みんなでアイデア出しをしました。近藤もエンジニアなので、技術的チャレンジは大歓迎というスタイルです。エンジニア同士、意気投合して様々な議論をしました。
その中で、撮影スタジオのテーブル上に自転車の3Dモデルが7台AR表示され、解説者が手でモデルをリアルタイムに移動させている「ツール・ド・フランス」の動画 (※) を見て「これこれ!」とイメージが一致し、具体的にプロジェクトが始まりました。
ー 技術的にチャレンジしたのはどんなところですか?
服部:技術的なチャレンジで印象的だったのは、解説番組のARをリリースした時の、コメント欄です。
辰己:我々の想像以上にコメント欄が盛り上がったのですが、その中に「お金かけてるなぁ」
「サイバーエージェントが総出でつくったのか」といったコメントがありました。
服部:この反応は我々がまさに狙っていた反響なので「狙い通り」とガッツポーズしたくなりました。
ー 狙い通りとは?
服部:ツール・ド・フランスをコンセプトに始まったプロジェクトですが、同じような機材を揃えたら初期投資だけでも何千万円とかかってしまいます。
我々は最新技術を用いて、限りなく低コストで実現することを目指しました。「AbemaTV」も地上波の10分の1以下の予算と人員で、地上波レベルの映像クオリティを実現しています。
我々「XRギルド」もそれに習い、特別な機材を用いずに、iPhoneだけで運用することを考えました。
辰己:なので、「AbemaTV」のコメント欄で「お金かけてるなぁ」というコメントを見かけて「これiPhone で動いてるんですよ!」と自慢したくなりました(笑)。
服部:もちろん、実現にむけては簡単な道のりではありませんでした。
競技で中継する7台の自転車を随時トラッキングしつつ「AbemaTV」の放送クオリティに耐えうる映像を送出する必要がありました。
辰己:「XRギルド」で様々な端末でのAR実装を検証していたことが役立ちました。今回は、AR機能が実装でき、かつ高解像度の映像が出力できる端末としてiPhone XSを採用しました。
苦労したのは7台もの自転車をカメラがひいた状態で、AR画像トラッキングできる実現方法です。
様々なライブラリを検証した結果「Wikitude SDK for iOS」が7種類以上の画像トラッキングができ、かつカメラの引きにも強いことが見えてきました。
服部:やはり、開発したものが放送にのって視聴者に直接届くのが「AbemaTV」開発でおもしろいところです。ましてや「XRギルド」という有志の集まりで技術検証していたものが、競輪チャンネルの課題解決を通じて、放送にのって配信されるのは感無量です。
辰己:解説番組で、競輪ファンや解説者をAR技術で賑わすことができたのが嬉しいです。
CAゼミ制度、「XRギルド」があることの意義
ー 今回のプロジェクトをふりかえってみて、XRギルドとしてどんな可能性を感じましたか?
辰己:XRギルドに入って本当に良かったのは、事業貢献するという大きな目標があるなかで、同じ技術分野に興味がある人たちと議論しながら、具体的な事業課題に技術でチャレンジできることです。
何もないところから勝手に何かを作って提案するよりも、ビジネスサイドの目線でしか見えてこない事業課題にチャレンジできたほうが、エンジニアも参入しやすいですよね。
服部:今回、競輪チャンネルを成功させたという前例ができたおかげで、新たな相談も来ました。こういった具体的な案件が増えると、好奇心が満たされますね。
辰己:ゼミ制度があることで、本業のプロジェクトメンバーにも理解を得られるし、本業をやりつつ「そういったことにも挑戦できるんだ」と思える文化があるのは、一番嬉しいポイントです。
今回、更に「競輪チャンネル」というわかりやすい成功事例が作れたのが、すごく手ごたえを感じます。
ー 「XRギルド」の今後はどんなことを考えていますか?
辰己:今回は最大7台ぐらいのARトラッキングを実現しましたが、将来的には何箇所でも並行してトラッキング可能で、マーカーすら必要としないバージョンの開発を進めています。
今回は競輪でしたが、例えばモータースポーツや陸上競技やマラソンなどにも対応するできるようにしたいと考えています。
ー XRギルド長として振り返ってみて、今回の実績をどう感じていますか?
服部:この1年、何か実績を残したいと思っていて、試行錯誤しながら成果発表会を開いたり、プロトタイプを開発したりをしてきました。
ただ、プロトタイプだけ開発してプレゼンしても「ふーん、なるほど。」で終わってしまうサイクルが見えていたので、ビジネスが直面している課題を解決するような事例を作りたい思いがずっとありました。
成果発表会がきっかけで、たまたま「競輪チャンネル」というチャンスがやってきて「これは形にしないとまずいな」という危機感を抱いたのが正直なところです(笑)。XRギルドの存在意義をかけて一点集中がんばった感はありましたね。
辰己の努力の甲斐もあって、競輪チャンネルで「XRギルド」の可能性を示して、今は更に高い目標を掲げてみたいと考えています。
より事業サイドが関わりたくなる見せ方をするのが「XRギルド」の今後の課題だと思っています。
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