生成AIを駆使する若手エンジニアの時代──新たなプロダクト価値に挑んだCAMとIUのケーススタディ
サイバーエージェント傘下の株式会社CAMおよびIU(※)では、生成AIの活用を軸に、若手エンジニアによるPoC(概念実証)開発を活発に行なっています。2023年4月から開始したこの取り組みは、生成AIの導入を通じた既存業務の最適化と新規プロダクトの創出を目指したものにつながりました。
本記事では、IU統括室AI戦略室とCAMのAI Unitに所属する若手エンジニアが、どのように生成AIを駆使し、短期間で実際のプロダクト開発に結びつけたのか、その取り組みを紹介します。
※ IUとはサイバーエージェント専務執行役員の飯塚勇太が管轄する、(株)CAM、(株)タップルを含めたグループ会社5社からなる組織の総称
目次
Profile
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坂上 翔悟 (株式会社サイバーエージェント / IU統括室 / AI戦略室)
2017年新卒入社のバックエンドエンジニア。
入社後、ライブ配信アプリの iOS を担当。iOS 技術領域責任者となり、社内アプリの品質担保、設計に関わる。2022 年に Flutter を採用した新規アプリの設計やコア部分を担当。現在はバックエンドエンジニアとしてAI戦略室に所属し、AI×サービスの企画から開発まで、一気通貫でリード中。 -
原 和希 (株式会社CAM Creative Division / AI Unit)
2021年新卒入社の機械学習エンジニア
株式会社CAMに配属後、レコメンドモデルの開発やそれらを運用するためのMLOpsシステムの構築・運用を担当。現在は生成AIを活用した新機能・プロダクトの開発に従事。Google Cloud Champion Innovators(Cloud AI/ML)およびCyberAgent Next Experts(GCP ML)として選出され、活動中。
生成AI徹底活用から始まった、若手によるPoC開発
── お二人の役割やエンジニアとしてのバックグラウンドを教えて下さい。
坂上:私はIU統括室のAI戦略室に所属し、AI Unitというチームのリーダーを務めています。AI Unitは、業務へのAI導入や最適化を進めたり、サービスにAIを組み込む際の、開発やリリースを支援するチームです。
原:私は株式会社CAMの、Creative Division内にあるAI Unitというチームで、MLエンジニアをしています。主に生成AIのモデルの活用やロジックの改善、プロダクトへの効果的な導入に携わっています。
── 生成AIを既存事業に導入するに至った経緯を教えて下さい。
坂上:2023年にOpenAI社が「ChatGPT3.5」をリリースしたことを皮切りに、生成AIの進化は目覚ましいものがあります。それに伴い、サイバーエージェントグループでも2024年4月に「生成AI利用ガイドライン」を発表。同4月には全エンジニアを対象に「GitHub Copilot」の導入を開始するなど、生成AIの業務活用が進みました。
こうした取り組みは、株式会社CAMの専務執行役員であり、サイバーエージェントグループの主席エンジニアである船ヶ山をはじめ、CTO統括室やAIオペレーション室が中心となって推進してきました。船ヶ山は、IU管轄内でも生成AIの積極的な活用を進め、既存業務や機能の改善と新規プロダクト開発という二つの軸でPoC開発を推進していきました。その流れの中で、我々が所属する「AI戦略室」や「AI Unit」といった専門組織が設立されました。
このような背景を受け、2023年4月から9月にかけて若手エンジニアを中心に、CAMやタップルなどの既存事業を対象にPoC開発が始まりました。その過程で「占いサービス向けのAIツール」と「マッチングアプリ向けのAIツール」を開発し、経営陣に向けてPoCのプレゼンをしたり、デモの発表を行うなど、積極的に働きかけを行いました。
原:生成AIのような新しい技術は、有志のエンジニアによる勉強会やもくもく会を通じて、ストイックに技術検証を進めていくのがサイバーエージェントのカルチャーです。その一方、今回のように「生成AIを徹底的に活用する」という会社全体の方針が明確に示されると、エンジニアにとっても大きな支えになると実感しました。
その結果「占いサービス向けのAIツール」はCAMにおいてプロダクト導入に向けた開発が継続されることが決まりました。ツールは「UranAI(ユーランエーアイ)」という名称でリリースされました。
坂上:PoCから最短9ヶ月で、生成AIを活用したプロダクトをリリースできたのは、IUやCAMの「新しい開発組織を迅速に立ち上げ、すぐに開発を開始できるフットワークの軽さ」にあると思います。会社が、生成AIに関する動向を踏まえて、迅速に開発体制を整えてくれたおかげで、業務の一環として生成AIの技術検証やPoC開発に取り組むことができました。
原:船ヶ山が「既存事業やプロダクトに組み込み、業績への貢献を目指そう」という方針を示してくれたことも、私たち若手エンジニアにとって励みになりました。PoC開発を行う以上、その成果を実際の事業やプロダクトに反映できることが理想です。チャレンジした結果が事業に生かされる可能性が見えるのは、エンジニアにとって非常にありがたいことだと思います。
占いに生成AIを活用する事で生まれた新たなプロダクト価値
── 生成AIを占いに活用することになった課題感や背景を教えて下さい
坂上:CAMが運営する「marouge」は「あなたらしさがもっと好きになる」をコンセプトに、女性を応援するメディアです。占いを通じて実用的なアドバイスを提供したり、有名占い師の助言を楽しめるメディアとして、様々なライフステージに合わせた支援をするメディアを目指しています。
従来の「marouge」の運営では、コンテンツの入稿チェックやコンテンツ管理など、メディア運営一般におけるオペレーションがボトルネックとなっている点が課題となっていました。
こうした背景を踏まえ、まずはメディア運営のプロセスを合理化するため、生成AIの活用を開始しました。具体的には、コンテンツ管理業務や書類作成の支援を目的として、生成AIを導入し、これまで手作業で行っていた作業などを効率化しました。
その結果、一定の業務効率化が見られたため、次のステップとして「marouge」のプロダクト価値を高める取り組みに、生成AIを活用する方針を進めました。
原:CAMは10年以上にわたってさまざまなデジタル占いサービスを提供してきた経験があり、その蓄積されたデータ資産を活用しています。これらのデータをLLMに渡すことで、ユーザーの個別の悩みに寄り添った鑑定を実現するAIチャット占いの開発を目指しました。その結果、パーソナライズされた占い診断を提供するサービス「UranAI(ユーランエーアイ)」のβ版を2024年7月にリリースしました。
「UranAI」で重視したのは、CAMが10年以上培ってきた占いサービスの歴史と積み重ねを尊重し、既存のコンテンツデータを活用することです。占いに特化したロジックをもとに精度を高める事で、多様な悩みに対して的確なアドバイスを提供できるようにしました。
── ユーザーから見て、占いに生成AIを活用している事はどのように受け取られているのでしょうか?
坂上:「UranAI」のユーザーにアンケートを実施したところ、多くの肯定的なコメントが寄せられました。ユーザーの意見から浮かび上がったのは、占いが生成AIによるかどうかよりも、その占いが的中しているか、そして生活に安心感をもたらしているかが重要だということです。このアンケートを通じて「marouge」のコンセプトである「あなたらしさがもっと好きになる」を実現することが本来の目的であり、生成AIの導入はそのための手段であると再認識しました。
占いのクオリティ向上についても、有名占い師に相談するのと同じように「UranAI」がユーザーに安心感や納得感を与えられるかどうかを重視しました。過去の占い結果や蓄積されたノウハウを活用し、ユーザーから信頼される言葉を生成AIが紡ぐことで、クオリティの向上を目指していけたらと考えています。
原:占いの当たり外れは、その場で判断できるものではなく、時間が経ってから分かることが多いのが特徴です。そのため、AIモデルの評価や調整の効果を即座に測るのは難しいと感じています。現時点では、社員や利用者からフィードバックを集め、その感想をもとに、占いがユーザーの幸福度向上に寄与しているかを評価しています。
こうした占いの特性を踏まえた上で「UranAI」がユーザーに安心感や信頼感を提供できれば、有名占い師に相談するように「UranAI」を気軽に信頼して利用してもらえる可能性があります。たとえば、人に言いにくい悩みを「UranAI」に相談することで、心の負担を軽減し、生活の質を向上させることができれば、社会への貢献度も高まると考えています。
人は、自分の悩みを内に抱え込むよりも言葉にすることで、心が軽くなることがありますよね。特に、身近な人には打ち明けづらい悩みでも、例えばぬいぐるみやペットなどを相手に話すと、気持ちが楽になったりもします。
坂上:その側面は興味深いですよね。生成AIは人が介在しないという特徴を活かして、悩みや相談をしやすくなるという新しい価値を、プロダクトや占いサービスに付与できたらと考えています。
生成AIのプロダクト活用で、サービスに付加価値をもたらす
── AI戦略室やAI Unitが現在取り組んでいるプロダクトについても教えて下さい。
原:2024年8月、企業のPR活動を支援するSaaS「新R25 Business」をリリースしました。「新R25 Business」は、企業が効果的な情報発信を実現するための多様なサポートを提供するサービスです。
このサービス内のニュースリリース配信サービス「企業ニュース」において、ニュースリリースの執筆を効率化する専用エディタを提供しています。記事作成時にはAIがクリック率を高める最適なタイトルを提案したり、「新R25」チームがチームが記事ごとにSNSに最適化された視認性の高いオリジナルのサムネイルを制作するなど、読者を引きつける効果的なニュースリリース作成を支援するのが特徴です。
我々AI Unitは、新R25編集部が培ってきたタイトル作成ノウハウを詰め込んだ、タイトル生成AI機能の開発を手掛けています。ユーザーが記事を入稿する際に、複数のタイトル案を提案する機能となっています。このように、AI Unitではビジネスニーズやユースケースにマッチするモデル(LLM)の比較検証・選定、プロンプトの作成、APIの作成などを行っています。
坂上:まだ広報経験が少ない担当者や、タイトルの付け方に悩まれている方などは「新R25 Business」のエディタやAIツールは強力なサポートツールとなり得ます。我々AI Unitが「新R25 Business」に関わる事で、企業の課題解決に役立てたらと考えています。
生成AIを会社や組織に浸透させていくために必要なこと
── 既存事業に生成AIを活用していくという企業カルチャーをつくるために、どのような打ち手やアクションを起こしたか教えて下さい。
原:社内において生成AIに関する情報のインプットとアウトプットの量をバランスよくキープすることを心がけました。
例えばインプットに関しては、生成AIの知識を社内で共有するため、毎週生成AIに関するニュースを発信したり、毎月LT会を行い、生成AIの効果的な使い方を提案していきました。
アウトプットに関しては、社員向けにChatGPTなどのプロンプトの具体的な書き方を教えたり、他社の導入事例を紹介することで、実践的な活用方法を学んでもらうようにしました。また、サイバーエージェント社内でも、社内の業務に特化した内製の生成AIツールも多く提供されていたので、使い方や業務での活用事例をハンズオン形式で伝えていきました。
坂上:若手が率先して、生成AIを活用した業務改善の必要性と効果を明確に示せば、社員や会社のカルチャーは必ず変わると信じて活動しました。
同時に船ヶ山が、組織として「生成AIを徹底活用する」という組織的な仕組みづくりにも協力してくれました。具体的には、半期の目標設定時に生成AIを活用した業務改善の枠を設ける等です。目標設定の段階で、生成AIを使った業務改善を考えてもらう事で、生成AI活用への意識を高める効果がありました。
原:社員に「生成AIを業務に活用するのが当たり前」と感じてもらえるようなカルチャーづくりも大切にしました。社員を対象にアンケートを実施して、生成AIの使用状況を調査し、その結果をオフィスのデジタルサイネージで公開する等もしました。それを見たある社員が「自分は生成AIを使っていない側だ」と気づく方が出てくるなど、特に初期段階では社員の意識を高めることに成功しました。
最近の社内アンケートの結果によると、IUとCAMの社員の6~7割が生成AIを活用しているという結果が出ています。
── 今回のチャレンジを通じて、IUやCAMのどんな点に魅力を感じましたか?
坂上:経営層やボードメンバーが近い距離感で、若手の課題感やチャレンジに耳を傾けてくれたり力になってくれるのが、とても頼もしいと感じます。今回の「UranAI(ユーランエーアイ)」のように、自分たち若手が開発したPoCが、実際のプロダクトに導入されるまでのチャンスを作り、リリースまでの道筋を示してくれたのは、エンジニアにとってこの上ない機会になりました。
経営層が耳を傾けてくれる姿勢は良いカルチャーですよね。生成AI勉強会に専務執行役員の飯塚も参加してくれるなど、若手の活動に理解と興味を示してくれたりもします。
原:IUやCAMには豊富な経験を持つエンジニアが多くいますが、そのような先輩たちが若手と一緒になってチャレンジし、最前線を走り続けてくれるのは素晴らしい環境だと思っています。例えば、船ヶ山はCTO 兼 主席エンジニアでありながら、育成も兼ねて新卒1年目のペアプログラミングをしてくれたりなど。同じ目線で新しいテクノロジーに興味を持ち、共にコードを見ながら、若手からも学ぼうとする姿勢には、同じエンジニアとして尊敬します。
先輩たちが示す背中は、自分たち若手が追いかけたくなるような目標そのものであり、だからこそ、これから入社する世代にも、自分たちが得られたようなチャレンジのチャンスを与えられたらなと考えています。
「UranAI(ユーランエーアイ)」や「新R25 Business」に続くチャレンジをAI Unitで開拓していけたらと思います。
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