制約をデザインの飛躍に変える。色部義昭と探る「ビジュアルデザインができること」
~基礎力強化プログラム第三弾「ビジュアルデザイン講座」~
社内クリエイターの育成を目的とした基礎力強化プログラムの第三弾として、日本デザインセンターの色部義昭氏を講師に迎え、「ビジュアルデザインができること」をテーマに特別講義を実施しました。当日はグループ全体から130名のクリエイターが参加しました。
デッサン、そして美術理論と続いてきた本プログラム。第三弾では、より現場に近い視点を学ぶ機会に焦点を当てています。
ネット上にあふれる「正解」に頼るのではなく、現場の文脈や条件から発想を生み出すにはどうすればよいのか。プログラムを設計した前澤との対話から、ビジュアルデザインの本質に迫ります。
今こそ必要な「泥臭さ」
― 今回の講義の背景を教えてください。
前澤:当社では、クリエイターの基礎力を改めて鍛える取り組みとして「Core Program(コアプログラム)」を実施しています。第一弾ではデッサン講座を行い、観察力や造形力といった基礎を鍛える機会を設けました。第二弾では、美術史や美術理論を通して、作品を描く・つくるだけでなく、それをどう見るのか、どう読み解くのかという視点を広げることに取り組みました。
それらのプログラムに続き、次はより現場に近いプロフェッショナルな視点を学ぶ機会をつくりたいと考えていました。そこで真っ先に思い浮かんだのが、学生時代からつながりのあった色部さんです。普段デジタル領域を中心に活動している当社のクリエイターにとって、情報の消費スピードが速い環境の中で仕事をしているからこそ、色部さんが手がけられているようなサイン計画などの空間に定着する力を、どのように設計しているのかに触れることは大きな学びであり、強い刺激になると考えました。
東京藝術大学卒業後デザイン制作会社に入社し、広告やパッケージデザインなど経験したのち、フリーのグラフィックデザイナーとして活動。2013年サイバーエージェントに中途入社し、「アメーバピグ」のデザイン統括を経て、新しい未来のテレビ「ABEMA」にて番組のアートワークやプロモーションのクリエイティブディレクションに従事。サイバーエージェント全社のブランディングも兼務。
― 今回の講義を通して、クリエイターにどんな学びを持ち帰ってほしいと考えていましたか。
前澤:今のクリエイターは、アイデア出しの際にネットなどですぐに「正解」を探してしまう傾向があります。ネット上にはすでに「イケてるデザイン」が大量に溢れていて、どうしてもそこに頼りがちになってしまう。でも、色部さんが手掛けるような仕事は、ネットの情報だけでは絶対に思いつきません。もっと外に出たり、人とのコミュニケーションからヒントを得たりする。その泥臭いプロセスの大切さを肌で感じてほしいという思いがありました。
色部氏:私はサイン計画のように、空間や身体感覚に関わるフィジカルなデザインを手がけることが多いのですが、一方でWeb上などで展開されるデジタルなコミュニケーションにも関わっています。
フィジカルとデジタルでは、情報の届き方や体験のされ方が異なります。だからこそ、それぞれのメディアの強みや特性を理解したうえで、どの表現が最も適切なのかを考えることが大切だと思っています。違うジャンルのデザインをやっているプロセスを見ていただくことで、普段皆さんが向き合っているデジタルの仕事にも、新しい視点や発想の飛躍が生まれるきっかけになればと考えました。
1974年千葉県生まれ。東京藝術大学大学院修士課程修了。株式会社日本デザインセンターにて色部デザイン研究所を主宰。日本デザインコミッティー理事、Alliance Graphique Internationale(AGI)会員、東京 ADC 会員。東京藝術大学非常勤講師。グラフィックデザインをベースに平面から立体、空間、映像まで幅広くデザインを展開。
主な仕事に Osaka Metro のCI/国立公園のブランディング/大阪関西万博日本館のアートディレクション/市原湖畔美術館/東京都現代美術館などの公共施設のサイン計画/Sony Park 展などの展覧会のグラフィックデザイン/Tsu-tsu-mu––世界をやさしく繋ぐデザインの作法展の企画デザインなどがある。亀倉雄策賞、ADC 賞、SDA サインデザイン大賞(経済産業大臣賞)など受賞多数。
今回お話をいただいた際に印象的だったのは、デジタルの最前線にある企業でありながら、あえてデッサンや美術理論といった、いわば泥臭いアプローチから基礎を改めて学ぼうとしている点です。その取り組みを会社として認め、推奨していることに、面白い会社だなと感じましたね。
制約や条件を「デザインの飛躍」に変えるアプローチ
― 講義のテーマでもある「ビジュアルデザインの役割」ですが、色部さんはどのように捉えていますか。
色部氏:ビジュアルデザインの役割は、単に見た目を整えることではなく、情報や価値を適切なかたちで伝え、社会の中で機能させることだと考えています。
私は建築家やプロダクトデザイナーなど、他分野のクリエイターと協業することが多いのですが、比較するとビジュアルデザインは非常に柔軟性が高く、即時性のある分野のクリエイションです。色を一つ変えるだけで気分がガラリと変わる。さらに、ミリ単位での細かな調整がしやすい特性を持っています。そういった無数のパラメーターを調整しながら、クライアントやプロジェクトにとって最適な見え方や体験を、細かな調整でコントロールできるのが大きな強みだと思います。そうした特性を活かして、「どう機能するか」まで含めてデザインしていくことが重要だと考えています。
― プロジェクトごとに様々な条件や制約がある中で、それらをどのように発想につなげているのでしょうか。
色部氏:多くの人が関わり、様々な使われ方をする環境下では、最後まで自分が定着に関与してクオリティを担保することは難しいです。
例えば国立公園のブランディングでは、デザイナーが最終アウトプットの制作まで関与できないという大きな制約がありました。そのような条件下でブランドの世界観を構築すべく考えたのが「専用書体」を作るというアプローチでした。専用書体という単純明快な共通素材を使ってもらえれば、文字の組み方やレイアウトなどのデザインが多少バラバラでも、おおよその世界観が統一されるようになります。料理に例えるなら、各自が好きな材料や調理具で料理をしても、最後に同じスパイスをかければある程度近い味になるというぐらいのざっくりしたイメージです。条件や制約があるからこそ、それを乗り越えるためのデザインの手法やアイデアが生まれるんです。
― 今回の講義で最も印象的だったことは何でしたか。
前澤:色部さんの作品は、一見平面的なグラフィックに見えて、実はすべてに「動的」な要素が含まれていることにハッとしました。単なる一枚の絵ではなく、時間軸が含まれていたり、空間に置かれた時の前後の関係性が計算されていたりする。プロジェクトの背景にある文脈を深く読み解いているからこそ、このアイデアに辿り着いたんだと腑に落ちました。受講した周りのメンバーも全く同じ意見でしたね。
https://irobe.ndc.co.jp/work/osaka-metro/
― 日々の制作の中で、講義での学びはどのように活きると考えていますか。
前澤:日々の業務の中で、アイデア出しや色を一つ決めることに時間をかけて悩み、頭が凝り固まってしまうクリエイターは少なくありません。ですが、講義を聞いて、一つひとつ深く思考した上で、パッと直感的にひらめいたものを信じて大事にしていいんだ、と背中を押された気がしました。例えば、とあるプロジェクトでは、色部さん自身が現場で身につけていたオレンジ色のマフラーをきっかけに、空間のアクセントカラーが決まったというエピソードも紹介されていましたが、その場での気づきや感覚から発想が広がっていくというような直感力も大切なんだと思いましたね。
日頃からインプットの解像度を上げ、頭と目を柔軟にしておくことが大切だと再確認しました。
色部氏:センスの「ある・なし」というより、クリエイターとしての感度を高く保ち、それをアウトプットに反映させられるかどうかが重要です。ただPCの前に座っているだけでなく、その場に行って空気を体感し、そこにある文脈を自分の目で観察する。そういった生の体験の積み重ねが、いざという時の直感やひらめきの源泉になるのだと思います。
AI時代に問われる、これからのクリエイターのあり方
― AIによって制作のハードルが下がる中で、これからクリエイターに求められる役割はどこにあると考えていますか。
色部氏:「直感力」と「意外性」だと思います。AIが得意なのは、外部の情報を集めて過去のデータから最適解を編集すること。でも、人間らしい感覚はデータの集合知とは全く違います。直感で立ち上げて、最後にロジックで落とし込む。そのプロセスには人間らしさが不可欠です。
また、相手がいる仕事では、顔色一つから感情を察知し、相手に寄り添うことが求められます。「この人は自分の意図を理解してくれている」という圧倒的な安心感。こうした人間的なコミュニケーションの上にしか成立しない信頼関係は、AIには決して代替できません。
色部氏:AIなどの外部記憶だけに頼って「誰かっぽく」作ろうとすると、アウトプットはどんどん薄まっていきます。畑に例えるなら、ずっと同じ畑で、同じ品種の野菜を作り続けていると、同じ養分が消費されてだんだん野菜の品質が落ちていくのと同じです。
データだけを循環させても発想は痩せ細り、決して豊かにはなりません。だからこそ、自分の足で外部の空気を吸い、生身の人間として様々なものに出会い、自分自身を変化させていく。人間の感受性を全開にして面白がることが、これからの時代はより一層重要になってきます。
― 最後に、当社のクリエイターに期待していることがあれば教えてください。
色部氏:サイバーエージェントにはデジタルネイティブな才能がたくさん集まっています。だからこそ、これまでの形骸化されたセオリーを飛び越えて、純粋にクリエイティブを面白くしていく新しいプロセスを見せてほしいですね。クリエイティブの世界全体で、「本当に良いものがきちんと評価される」状態を、私たちも一緒につくっていけたらと思っています。
前澤:当社のクリエイターは「素直でいいやつ」が多く、非常に真面目で成果に対してストイックです。ただ、どうしてもプレッシャーから小さくまとまりがちになることも多くあります。
クリエイターはもっと自由になっていいし、余白を持ってもいいと思うんです。自分たちが心から面白がって出したアイデアが、結果的に人の感情に直接刺さる大きなスケールを生み出すと信じています。今回の講義を糧に、枠に囚われないクリエイティブを目指していきたいですね。
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