FC町田ゼルビアと挑む、スポーツテックの最前線
~エンジニアが「一緒に戦うチーム」になるまで~

技術・クリエイティブ

プロサッカークラブの勝利を、データとテクノロジーはどう支えられるのか。FC町田ゼルビアとサイバーエージェントが進めるプロジェクトは、システムや分析の導入ではなく、現場との信頼関係づくりから始まりました。

データを届ける前に、まず現場の意図や判断の背景を理解する。そんな姿勢から始まった、FC町田ゼルビアとサイバーエージェントによるスポーツテックの挑戦について、3名が語ります。

Profile

  • 原 靖 (FC町田ゼルビア フットボールダイレクター)
    2003年大分トリニータにて、フロント現職につき、ルヴァンカップ優勝は地方クラブの奇跡と呼ばれた。その後清水エスパルス、ファジアーノ岡山とクラブを渡り歩き、クラブに合わせたチーム作りに定評。2023年よりFC町田ゼルビアへ着任。

  • 長瀬 慶重 (株)サイバーエージェント 専務執行役員 技術担当 / (株)AbemaTV 取締役
    通信業界での研究開発を経て、2005年、サイバーエージェントに入社。「アメーバブログ」やコミュニティサービス「アメーバピグ」、ソーシャルゲーム、コミュニティサービスなど100以上のサービス開発を担当。2014年に執行役員、2020年に常務執行役員に就任。現在はサイバーエージェント専務執行役員(技術担当)、AbemaTV取締役を務める。

  • 數見 拓朗 (FC町田ゼルビア データ&テクノロジーグループ責任者 / (株)サイバーエージェント メディア統括本部 データ部 部長)
    2013年 大阪大学大学院卒業、株式会社サイバーエージェントに入社後、複数のメディアサービスに従事。2021年 メディア統括本部データ部 部長。2026年 FC町田ゼルビア データ&テクノロジーグループ 責任者兼務。

FC町田ゼルビアと築いた、データ活用の土台となる信頼関係

── 本プロジェクトがスタートした経緯や背景から教えてください。

:FC町田ゼルビアでは、試合の戦略立案だけでなく、日々のトレーニング計画、選手の食事管理、用具の準備、コンディショニングまで、試合に関わるあらゆる準備を徹底してきました。「よい準備がよい意思決定を生む」というクラブの哲学のもと、それぞれのスタッフが専門領域で知見やノウハウを積み重ねてきた歴史があります。

一方で、それらの知見は各担当の中に蓄積されていて、まだチーム全体で横断的に活用できている状態ではありませんでした。監督やコーチがより精度の高い意思決定を行うためには、戦術、フィジカル、コンディションなど、様々な情報をつなぎ合わせ、現場で活用できる形にする必要があります。

そこで重要になるのが、テクノロジーとデータの活用です。各スタッフが蓄積してきた情報や経験を横断的につなぎ、試合中の判断や戦略立案に生かしていく。「テクノロジーとデータでFC町田ゼルビアの勝率を1%でも上げる」という目標を掲げ、サイバーエージェントとのプロジェクトがスタートしました。

長瀬:欧州のトップクラブでは、データ活用の基盤づくりを早い段階から進めているクラブほど、シーズンを通じて意思決定の精度を高めている印象があります。分析やテクノロジーを支えるエンジニア組織が、チームの競争力にもつながる要素の1つであるように感じていました。

FC町田ゼルビアは、Jリーグでさらに上を目指していくうえで、大きな可能性を持ったクラブだと感じていました。現場には強い哲学があり、監督やスタッフも勝利に対して徹底的に向き合っている。その積み上げに、サイバーエージェントが得意とするデータやテクノロジーが加わることで、チームの挑戦をより力強く支えられるのではないかと考えていました。

まさに今年がそのタイミングだと感じ、數見に声をかけてチームを組成しました。データを分析するだけではなく、現場の意思決定を支えるパートナーとして、FC町田ゼルビアの勝利に貢献できる組織をつくりたいと考えたのが、このプロジェクトの出発点です。

── FC町田ゼルビアとは、具体的にどのような連携を進めていったのでしょうか。

數見:サイバーエージェントは、これまでさまざまな業界でDXやデータ活用に取り組んできました。その中で感じていたのは、データはあくまで課題解決のための手段だということです。本当に重要なのは、現場が何を重視し、どのように判断しているのかを理解した上で、一緒に課題解決に向き合うことだと思っています。

だからこそ、FC町田ゼルビアに合流した当初は、あえてデータや分析の話をほとんどしませんでした。まずは監督やコーチ、スタッフの方々が何を考え、どんなことに悩みながら日々チームを支えているのかを理解することに集中していました。

現場のスタッフは、サイバーエージェントのデータ分析チームが高度な分析やシステム開発ができるかどうかだけを見ているわけではありません。むしろ、「この人たちは私たちの現場やチームの考え方を本当に理解してくれるのか?」を見ていると感じました。その関係性がないまま、データ分析やツールの提案だけを持ち込んでも、現場では使われないでしょう。

だから最初は、クラブハウスやグラウンドに通いながら、日々の会話や現場の空気感を理解していくことを大切にしていました。少しずつ関係を築きながら、「一緒に戦うチームの一員」として受け入れてもらうことが、最初のステップだととらえていました。


:サイバーエージェントの皆さんの姿勢は、チーム側にも確かに伝わってきました。正直なところ、最初は「外部から来たデータ分析や技術のチーム」という見方をしていた部分もあったかと思います。ただ、數見さんをはじめとするメンバーが、監督やコーチ、選手一人ひとりと向き合う様子を見ているうちに、その印象が少しずつ変わっていったのを覚えています。

データやシステムの話をする前に、まず現場を理解しようとする姿勢が伝わってきたことで、「一緒に戦える人たちだ」と感じるようになりました。自然と「こういうことに困っている」「次はこれをできないか」と相談する機会も増えていきましたし、そうした関係性が少しずつできていったと思います。

數見:実際にクラブハウスに通い始めると、コーチやトレーナーがそれぞれ独自にデータを収集・管理している一方で、それらが横断的にはつながっていない状況が見えてきました。

コンディションや試合分析などの情報をつなげれば、もっと判断に生かせるのではないか。そうした現場の声をもとに、データ基盤づくりが始まりました。そこで、分散していたデータを整理・統合し、試合中の意思決定につなげるためのデータ基盤づくりを進めていきました。

エンジニアが「一緒に戦うチーム」になれた瞬間

── 信頼関係を築く中で、取り組みが変わる転機はありましたか。

數見:FC町田ゼルビアの皆さんと少しずつ関係を築いていく中で、ある日「キャンプに一緒に来ませんか」と声をかけていただいたことがありました。プロサッカーチームの強化合宿に、エンジニアである自分たちが帯同する。この出来事を通じて、FC町田ゼルビアの皆さんが、私たちを単なる外部のデータ分析チームではなく、「一緒に戦うチームの一員」として見てくれているのだと感じ、とても嬉しかったです。この出来事は、自分たちにとって大きな転機だったと思います。

キャンプ期間中は、スタッフの皆さんと一緒に約80項目の課題を洗い出し、一つずつ改善していきました。「このタイミングでこの情報を見たい」「こういう判断材料がほしい」といった現場の声を起点に、必要なものをその場で形にしていく。そうしたやり取りを重ねる中で、プロジェクトが本格的に動き始めていきました。

私自身が特に大切にしていたのは、トレーニング中に監督やコーチのそばに立ち、そこで交わされる言葉をリアルタイムで書き起こしていくことです。「この局面ではこう動いてほしい」「今日の守備ではここを意識したい」といった具体的な指示だけではありません。言葉のニュアンスや熱量、阿吽の呼吸のような暗黙知まで含めて、できる限り言語化し、データとして整理していきました。

AIやデータ活用が進む時代だからこそ、こうした現場のコンテキストが重要だと思っています。単にデータを集めるだけでは、その数字が「良い状態なのか」「問題が起きている兆候なのか」を正しく判断できないからです。

例えば、同じ走行距離のデータでも、「今日はあえて運動量を抑えるトレーニングだった」のか、「本来求めていた強度に届いていない」のかで、意味はまったく変わります。監督やコーチがどんな意図でメニューを組み、どんなプレーを求めていたのか。その背景まで理解して初めて、データが現場で使える情報になります。

どれだけ高度な分析ツールがあっても、黒田監督の考え方や現場の意図が反映されていなければ、現場で本当に使われるものにはなりません。だからこそ、まず現場を深く理解し、その背景にある考え方まで含めてデータ化していくことが、勝利に貢献するためには欠かせないと感じています。

:気づいたら、現場のほうからも「この選手のコンディションを試合前に確認したい」「この指標とプレー内容の関係を見てみたい」といった相談をするようになっていました。最初はサイバーエージェントの皆さんが提案を持ってきてくれる形だったのですが、いつの間にか、現場側が自分たちで問いを持ちながらデータを使うようになっていたんです。その変化は、私たち自身も自然に起きているように感じています。

長瀬:信頼関係とデータ基盤は、並行して育っていった感じがしますよね。最初は「データを見られる環境をつくる」こと自体が大きなテーマでした。ただ、現場の課題を一つずつ一緒に解決していく中で、現場から出てくる問いそのものが変わっていきました。

「このデータを見たい」という段階から、「次の試合をどう戦うべきか、一緒に考えてほしい」という相談に変わっていったんです。ダッシュボードや分析の仕組みも、その問いに応える形で進化していきました。

私たちにとって、データ基盤の構築やデータ活用はあくまで手段です。目的はただ一つ、FC町田ゼルビアが勝つこと。そのために、エンジニアやデータ分析チームも現場に深く入り込みながら、勝利に向けて一緒に考え続ける。それが、このプロジェクトの根底にある考え方です。

:現場としても、データを「参考情報」ではなく、「一緒に戦略を考えるための材料」として使うようになってきた感覚があります。

監督やコーチは、経験や感覚をもとに判断しているプロフェッショナルです。その感覚をデータによって言語化し、判断の根拠として整理できるようになってきたことは、現場にとって非常に大きな変化でした。

今では、サイバーエージェントの皆さんを「データを提供する外部の会社」としてではなく、勝利という同じ目標に向かって一緒に考えるチームメンバーとして見ています。それが、今の関係性だと思っています。

試合中の判断を支える、FC町田ゼルビアのデータ活用

── 信頼関係が深まる中で、データの生かし方はどのように変わってきましたか。

:最も大きな変化の一つは、選手のフィジカル管理です。以前は、「この選手はそろそろ怪我のリスクが高そうだ」といった判断を、現場の経験や感覚をもとに行っていました。もちろん、その感覚自体は今でも非常に重要です。ただ、現在はそこにデータによる裏付けを加えられるようになってきています。

例えば、コンディションデータやトレーニング負荷の変化を継続的に見ることで、「いつもと少し違う状態かもしれない」といった兆候を、以前より早く把握できる場面が増えてきました。将来的には、怪我のリスクやコンディション変化をより高い精度で予測し、試合やトレーニングの判断に生かしていきたいと考えています。

試合当日の出場判断でも、現場が感じている違和感をデータで確認できることで、より納得感を持って意思決定できるようになってきました。そうした積み重ねが、少しずつ判断の質を変えてきていると感じています。

數見:現場に入って特に感じたのは、「どんなデータを分析するか」と同じくらい、「その情報をどう現場に届けるか」が重要だということでした。

以前、試合前の戦術分析資料について、「データ分析を使って自動生成すれば、準備時間を短縮できるのではないか」と提案したことがありました。ただ、そのときコーチから返ってきたのは、「資料を作る時間そのものが、選手に何をどう伝えるかを整理する時間になっている」という言葉でした。

現場では、ハーフタイムや交代前の短い時間の中で、「今どの情報を伝えるべきか」を瞬時に判断しなければいけません。そのため、複雑な分析結果ではなく、直感的に理解できる形で情報を届ける必要があります。

その経験を通じて、私たちは「データを作ること」よりも、「現場の意思決定につながる形で届けること」のほうが重要なのだと学びました。それ以来、分析結果だけではなく、「誰に、どのタイミングで、どんな形で届けるか」まで含めて設計するようになりました。

── そのエピソードが、アプローチを変えるきっかけになったのですね。

數見:はい。そこから私たちは、「分析結果を作ること」だけではなく、現場の意思決定そのものにどう貢献できるかを考えるようになりました。

データ活用が進む中で、黒田監督が感覚的に捉えていた戦術やプレーの特徴も、少しずつデータとして可視化できるようになってきています。例えば、よりコンパクトな陣形を維持しながらプレッシングができるようになっていることや、ゴール前での「させない守備」の完成度が高まりつつあることなど、これまで言語化しづらかった変化も、データとして共有できるようになってきました。

さらに現在は、試合中のベンチでリアルタイムに意思決定を支援する仕組みにも取り組んでいます。スタンドやサイドラインから収集したデータをもとに、監督やコーチが戦術変更や選手交代の判断に生かしていく取り組みです。

試合中は、数秒~数十秒で判断を求められる場面も少なくありません。そのため、「どんな情報を」「どのタイミングで」「どの形で届けるか」が非常に重要になります。試合中の意思決定まで支援するデータチームを持つクラブは、Jリーグの中でもまだ多くないと思います。

※ FC町田ゼルビア クラブハウス内でのミーティングの様子
※ FC町田ゼルビア クラブハウス内でのミーティングの様子

FC町田ゼルビアと挑む、スポーツテックの最前線

── この取り組みの先に、どのような未来を描いていますか。

長瀬:正直に言うと、まだまだ道半ばです。ただ、私たちが目指しているのは、データによる意思決定支援をスポーツの現場に根付かせることです。

過去の試合やトレーニングデータを積み上げることで、「このまま試合が進むと次はこういう展開になる」といった予測を、試合中の意思決定支援に生かす取り組みを進めています。

現在は、映像データをAIでリアルタイム解析し、戦術変更や選手交代の判断に生かしていくような取り組みにも挑戦しています。欧州の先進クラブでは、こうしたデータ活用が少しずつ当たり前になり始めていますが、その挑戦をFC町田ゼルビアの現場で一緒に進められていることに、大きな価値を感じています。

:理想的には、「そろそろ相手の守備が崩れ始めている」「この選手はコンディションの変化が出始めている」といった兆候を、チーム全体でリアルタイムに把握できるようになることです。そうなれば、試合中の意思決定は大きく変わっていくと思います。

また、データ活用はチーム内部だけではなく、サポーターやファンにとっての新しい価値にもつながる可能性があります。勝率を高めるために蓄積・分析してきたデータは、「なぜこのプレーが重要なのか」「なぜこの交代だったのか」といった試合の見方にもつながっていきます。

実際に、データを見ながらサッカーを楽しむファンは増えてきています。テレビ取材の場でも、データを活用しながら試合を解説する取り組みが始まっていますが、勝利を目指して積み上げてきた分析が、サッカーそのものの新しい楽しみ方にもつながっていくのではないかと思っています。

── このような取り組みに、どんなエンジニアに関わってほしいですか。

長瀬:私たちが目指しているのは、エンジニアが直接FC町田ゼルビアの勝利に貢献できる組織です。単にデータを分析してレポートを提出したり、システムを開発して納品したりするだけではありません。自分たちが作ったものが、監督やコーチの判断に影響し、その結果として試合が変わっていく。そこまで現場に入り込みながら価値を出していきたいと思っています。

実際に、試合中の意思決定支援まで踏み込んでいる取り組みは、まだ多くありません。だからこそ、技術を作るだけではなく、「どうすれば現場で使われるのか」まで一緒に考えられるチームを作っていきたいと思っています。それが、一般的なDX支援との大きな違いだと感じています。

數見:スポーツテックの領域は、まだ正解が確立されていない世界です。だからこそ、技術力だけではなく、スポーツそのものへの興味や、現場に飛び込んでいく姿勢がすごく大事だと思っています。

実際に、ピッチのそばで監督やコーチの会話を聞きながら、自分たちが作った分析やシステムが試合中の判断に使われていく。その距離感で開発できる環境は、なかなかありません。

この領域には、まだ教科書も正解もありません。だからこそ、自分たちで試行錯誤しながら、新しいやり方を作っていける面白さがあります。

:FC町田ゼルビアは、1989年に誕生したクラブで、2012年にJリーグへ参入して以降、Jリーグの舞台でも着実に歴史を積み重ねてきました。この1年間で、データやテクノロジーの活用も大きく前進してきたと感じています。

ただ、まだ完成形だとは思っていません。現場もサイバーエージェントの皆さんも、「もっと良いものを作りたい」という思いで、一緒に取り組み続けています。データ基盤を積み上げながら、意思決定の精度を少しずつ高めていく。その積み重ねの先に、サッカーの新しい常識を作れる可能性があると感じています。

數見:スポーツとデータを掛け合わせたいと思っているエンジニアにとって、今はまさにチャレンジできるタイミングだと思っています。リアルなスポーツの現場に入り込み、まだ誰も正解を持っていない領域に挑戦できる。そんな環境は多くありません。

実際に、「スポーツテックの未来を自分たちで作りたい」という思いを持ったエンジニアが、少しずつ集まり始めています。スポーツテックという領域が、サイバーエージェントのエンジニアにとって新しい挑戦の場になり始めています。

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