表現の核を育てる
クリエイターが「美術理論」を学び直す意義
~基礎力強化プログラム第二弾「美術史・美術理論講座」~
クリエイター向け基礎力強化プログラム「Core Program(コアプログラム)」の第二弾として「美術史・美術理論講座」を実施しました。東京藝術大学教授の布施英利氏を講師に迎え、全4回のオンライン講義を開催しました。
西洋美術史から遠近法、色彩理論まで、一見実務とは距離があるようにも思えるこれらの学びが、なぜ今のクリエイターの基礎力として必要だと考えたのか。
講師の布施氏とプログラム設計者の青柳が、その背景と狙いを語ります。
なぜ今、クリエイターに美術理論なのか
ー 今回の講義を実施した背景について教えてください。
青柳:当社では、クリエイターの基礎力を改めて鍛える取り組みとして「Core Program(コアプログラム)」を実施しています。第一弾ではデッサン講座を行い、観察力や造形力といった基礎を鍛える機会をつくりました。
その次のステップとして考えたのが、美術史や美術理論です。作品を描く・つくるだけではなく、作品をどう見るのか、どう読み解くのかという視点を広げることも、クリエイターにとって重要だと考えました。
今回の講義では、クリエイターの思考の土台を広げる機会にしたいという考えから、東京藝術大学の布施先生に依頼し、西洋美術史から現代アート、遠近法、色彩理論までをテーマに、全4回のオンライン講義を実施していただきました。
東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。2022年にサイバーエージェントへ新卒入社し、ゲーム・エンタメ事業部(SGE)にて新規開発および運用を経験。2025年に(株)アプリボットに異動後、新規タイトルのアートディレクターに従事。
私自身、学生時代に布施先生の授業を受けており、その印象が強く残っていました。当時は解剖学の授業で、身体構造を理解するという内容だったのですが、理系的なアプローチで芸術を捉える視点がとても興味深かったんです。今回のテーマは異なりますが、ぜひお願いしたいと思い、ご相談しました。
ー 当社の社員に講義をするにあたり、意識されたことはありましたか。
布施氏:サイバーエージェントの皆さんは、エンターテインメントの世界で仕事をしている方が多いと思います。私はどちらかというと芸術を研究する立場なので、扱っている領域は少し異なります。
芸術学者・批評家。1960年、群馬県生まれ。東京藝術大学大学院修了後、東京大学医学部助手などを経て、現在、東京藝術大学教授。主な著書に、『脳の中の美術館 ヒトの絵画の5万年』、『遠近法がわかれば絵画がわかる』、『色彩がわかれば絵画がわかる』、『現代アートはすごい』など。
講義の冒頭でもお話ししましたが、エンターテインメントと芸術には人に届く「速度」と「時間軸」において異なる特性を持っています。
エンターテインメントというのは、ある意味で3秒で届かなければいけないものです。広告でもゲームでも、瞬間的に人の心をつかむ力が求められる。
それに対して芸術は、最初に見たときにはよく分からないことが多い。いいのか悪いのか判断できない、いわば心の中に「真空状態」が生まれるような感覚です。
ただ、そこで終わることはなく、しばらくして思い出したり、もう一度見てみたくなったりして、時間が経つにつれて少しずつ意味が見えてくる。そうやって何十年、あるいは何百年という時間の中で残り続けるものが芸術だと思っています。
だからエンターテインメントの世界で仕事をしている人が、そうした芸術の時間軸を知ることには意味があると思っています。瞬間的に届く表現だけでなく、長い時間の中で残り続ける表現がどのように成立しているのかを知ることで、ものの見方が広がるからです。
即戦力的に仕事のヒントやアイデアを提供するものではありませんが、クリエイティブの核になるような部分を伝えられればと考えていました。
ー 今回の講義では、遠近法や色彩理論など、かなり理論的な話もありました。
布施氏:美術というと、文化や歴史の話として語られることが多いですよね。美術史や美学といった、いわゆる文系的なアプローチです。
もちろんそれも重要ですが、それだけではありません。もう一つの見方として、理系的なアプローチがあります。
例えば、人間の目はどのように空間を認識しているのか。遠近法はどのような原理で成立しているのか。色彩はどのように奥行きを生み出すのか。そうした視点から作品を見ると、絵画の中にある構造が見えてきます。
講義の前半では、ピカソやセザンヌの作品を例に「近景・中景・遠景」という見方を紹介しました。近景は触覚的な世界、中景は遠近法による空間、遠景は光や空気によって生まれる世界というように、構造として捉えていくことで作品の見え方が変わります。
優れた芸術作品が分かるというのは、知識を覚えることではなく、見えていなかったものが見えてくることだと思っています。
ー 青柳さん自身は、講義を受けてどんな学びがありましたか。
青柳:今回の講義で印象的だったのは、美術史の話も含めて、作品の見方がかなりロジカルに説明されていたことです。例えば構図や遠近法など、絵画には明確な仕組みがあります。それを理解すると、絵の見方が変わるんです。
もう一つ大きかったのは、領域が違っていても共通する部分があると実感できたことです。イラストレーター、3Dクリエイター、グラフィック、UIなど、専門は異なっていても、ものをどう捉えているのかという視点は意外と近い。美術理論を学ぶことで得られるのは、知識そのものというよりも、そうした視点を共有できる共通言語だと思っています。
言語化できない「なんとなく良い」を、そのままにせずに議論できる状態をつくるための土台になるものです。
短期的にアウトプットの質を上げるというより、視野を広げるきっかけをつくる。その積み重ねによって、職種を越えて議論できる環境が生まれ、結果としてクリエイティブの質も高まっていく。そうした状態を目指していきたいと考えています。
型を学び、そこからはみ出す
ー 当社の取り組みについて、どのように感じましたか。
布施氏:即戦力だけを求めるのであれば、こういった講義は必要ないのかもしれません。ただ今回の取り組みは、もっと長い目で見て、クリエイターの基礎体力をつけようとしているのだと感じました。
そうした積み重ねはすぐに結果が見えるものではありませんが、最終的には大きな力になると思います。そういう意味で、良い取り組みだと思いました。
ー 普段教育の現場にいらっしゃる立場から見て、これからのクリエイターに必要な素養は何だと思いますか。
布施氏:教育というのは、基本的には「型」を教えるものだと思っています。まず型を身につけ、そのうえで、そこからはみ出していくことが大切です。
有名な逸話として、千利休が息子に庭を綺麗にするよう命じた話があります。息子は言われた通り、庭を徹底的に掃除し、完璧に整えました。しかし利休はそれを良しとせず、何度もやり直させます。
ついに息子が「これ以上何が足りないのか」と問い返すと、利休は庭の木を揺らし、紅葉の葉を落としました。「庭の掃除はこうやるのだ」と示したというものです。
AIは、庭を何度も整えることは非常に得意だと思います。でも最後に葉を落とすような行為は、まだ難しい。これからのクリエイターは「なぜこの葉を落とすのか」という意思決定、すなわち表現の核に向き合うことがより重要になるのだと感じています。
本物を見ることから始まる
ー 最後に、当社のクリエイターに期待していることがあれば教えてください。
布施氏:今回の講義では、作品を写真などで紹介しましたが、美術というのはやはり本物を見ないと分からない部分が大きいと思います。
私がやったことは、いわば月を指さしているようなものです。指だけを見ていても仕方がない。本当に大事なのは、その先にある月を見ることです。ぜひ美術館などで、本物の作品と向き合ってほしいと思います。
実際に作品を見ると、それまで気づかなかったことが見えてくる瞬間があります。そうした経験が積み重なることで、自分の中の見方や基準が少しずつ変わっていく。
芸術というのは結論があるものではありません。一度分かったと思っても、また新しい疑問が生まれる。そうやって繰り返し向き合うことが、クリエイターにとって大切なのではないかと思います。
青柳:今回の講義を含めたコアプログラム全体を通して、単にスキルを高めるだけでなく、クリエイターとしての判断軸そのものを育てていくことを目指しています。
個のスキルを伸ばし、クリエイターとしてアップデートしていける取り組みを今後も実施していきたいと思います。
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