「ABEMA」のコンテンツ制作にAIで価値創造する、ビジネスリードエンジニアの実践と思考法
当社では2026年8月、AI時代における新たなエンジニア職種として、総合的な技術力を基盤に、事業現場へ深く踏み込んで一気通貫でビジネスインパクトを創出する「ビジネスリードエンジニア(BLE)」を新設しました。
本記事では、「ビジネスリードエンジニア」の一人として活躍する(株)AbemaTVの中澤へのインタビューをお届けします。「ABEMA」における映像解析基盤の構築やニュース速報動画の制作支援など、コンテンツ制作の現場にAIプロダクトを実運用で届けてきた中澤。事業の目標から課題を見つける力、制作現場との信頼関係の築き方、そしてビジネスリードエンジニアに求められる資質。技術力をどのように事業の成果へ結びつけるのか。そのために必要な現場理解や、エンジニアの育成について詳しく話を聞きました。
Profile
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中澤 優一郎(株式会社AbemaTV AI Center AI Product)
2012年サイバーエージェント入社 Amebaスマートフォンプラットフォームの開発に携わる。 2015年から(株)AbemaTVにてバックエンドエンジニアとして開発に携わる。 2021年にコンテンツエンジニアリングのマネージャーを担当し、2024年からプリンシパルコンテンツエンジニアを担当。2025年10月のAI Center / AI Product立ち上げにともない、AI Productチームのマネージャーに就任。
制作現場に入り、課題を見つけ、成果まで届ける
── 「ABEMA」のコンテンツ制作におけるAI活用について、AI Productチーム発足からこの1年で、どのような事業成果が出たのか教えてください
AI Productチーム発足後、この1年で「ABEMA」で配信するコンテンツの映像を解析する基盤を自分たちで構築し、実際の複数の番組制作やニュース配信の現場で実運用まで進めてきました。
その一例が、番組映像からCMなどの特定シーンを検出する「MediaAnalyzer」です。生成AIを活用した映像処理・解析機能はここに集約しています。さらに、クラウドベースの映像編集システム「VMC」は、MediaAnalyzerと組み合わせることで、ABEMA NEWS会見チャンネルの映像をリアルタイムに文字起こしし、その結果を記事執筆に活用しています。
そのほか、麻雀牌の認識、サッカーのハイライト検出など、既存の大規模言語モデル(LLM)だけでは、制作現場が求める認識・出力精度を実現することが難しい課題にも取り組んでいます。
一般的に、LLMは映像全体の内容を捉えるようなマクロな理解を得意とする一方で、映像内の細かな対象や瞬間的な変化を正確に捉えるミクロな解析には課題があります。そこで、映像や画像を高精度に解析するコンピュータービジョンの基盤を自分たちで開発しています。
また、ニュース速報の配信動画を自動生成する「速報!ワンタッチくん」を、2026年1月から運用しています。PoC(概念実証)から4か月弱で「ABEMA NEWS」での配信に至りました。現在は「AI速報」として日々配信しており、既存の放送ではまだ取り上げられていないニュースをいち早く届けることで、多いときには数十万回視聴されています。
ABEMAオリジナルドラマの制作においても、企画から撮影に入るまでのプリプロダクションの過程で、AIプロダクトの活用や導入を進めています。
── これらのプロダクトを生み出すうえで、AI Productチームは従来の開発チームとどのようなアプローチの違いがあるのでしょうか
従来の開発は、制作や編成の担当者と役割を分担し、「こういう機能が欲しい」という要件を受けて、それを高い品質で実装することを重視してきました。
その一方、AI Productチームでは、要件が固まるのを待つのではなく、まずニュースやドラマの制作現場に入り、制作業務に近いところで仕事をします。その中で、制作担当者の日々の負担を減らす小さな課題から、「ここを変えれば、より多くの視聴者にコンテンツを届けられる」という大きな課題までを、自ら発見していきます。そして、課題に対して仮説を立て、まず動くものを作り、プロデューサーに提案し、導入を検討してもらうというアプローチをとっています。
このアプローチで作ったものが、単に運用に載るだけでなく、ABEMA NEWSの視聴数やマーケティングの目標達成といった実際のアウトカムを生み出し始めました。それがこの1年の手応えです。
現場に貢献することと、事業インパクトを出すことは、必ずしも一致しない
── 当社は「事業現場へ深く踏み込んで一気通貫でビジネスインパクトを創出する」職種としてビジネスリードエンジニアを定義しています。この定義について、ご自身が日々の仕事で意識していることはありますか?
「事業の現場に入ること」と「ビジネスインパクトを出すこと」は必ずしも一致しません。そこを分けて考えることを一番意識しています。
制作現場に入ってみると、目の前の困りごとがたくさん見えてきます。たとえば、番組素材を管理システムに登録する作業や、SNSに投稿するための動画の切り出し作業。毎日多くの時間がかかっていて、担当者は明らかに大変そうです。エンジニアとしては、そこにAIを入れて自動化すれば喜ばれることが分かっているので、すぐ手を出したくなりますよね。
実際に自動化すると、現場からは本当に感謝されます。「助かりました」「もう手放せません」と褒められ、上司には「年間300時間削減できました」という報告もできます。自分の技術が目の前の人の役に立った実感があるので、エンジニアはここで満足してしまいがちです。私自身も、そういう経験がありました。
ただ、そこにはエンジニアが陥りやすい落とし穴もあります。感謝されることや、短期的で計測しやすい数字を示すことと、視聴数や売上を増やすことは、必ずしも同じではないからです。
AI Productチームでいつも自問自答しているのは、その300時間が浮いたことで「番組の制作本数は増えたのか?」「視聴者の増加や、事業の成果につながったのか?」という問いです。あらためて問い直してみると、はっきり答えられないことが意外と多いんです。担当者の負担は減っても、業務の構造そのものは変わっていないので、事業の数字にはまだ届いていない。でも、感謝の言葉があると、そのことに気づきにくくなるのです。
もちろん、業務効率化やコスト削減も重要な事業貢献です。ただ、その先に中長期的なゴールを置いておくことが大切だと考えています。
AIが加速度的に進化している今は、これまで中長期的だと思っていた目標に届く時期が、想定より早まる可能性があります。だからこそ、事業にどんな実利をもたらすのかを先に描いておくことで、エンジニアが介在する価値をもっと大きくできると思っています。
── その中長期的なゴールは、どのように設定しているのですか?
事業が目指している目標をエンジニアリング側も同じ目標として持つことが、ビジネスリードエンジニアにとって最も重要だと捉えています。たとえばマーケティングの組織が今期の獲得目標を掲げているなら、その目標をどう分解して達成するかを、担当者と一緒に考えます。エンジニア自身が売上数字の責任者になるということではありません。ただ、事業と同じ方向を向いて、同じ目標を見ながら課題を探す。そうすると、見つけられる課題の質が変わってきます。
実際に、番組マーケティングの目標を担当者と一緒に立てていたとき、「ABEMA」には膨大な数の番組があり、人員配置の関係で、十分なマーケティングができていない番組もある、という構造が見えてきました。担当者から頼まれたわけではなく、同じ目標を見ていたからこそ、「人が張り付かなくても網羅的に番組のマーケティングが回る仕組みを作れないか?」という、まだ言語化されていなかった課題にたどり着くことができました。
ドメインを知るとは、目標と実体験の両軸
── 事業と同じ目標を持つには、そのドメインへの深い理解が必要になります。チームのメンバーは、どのようにドメインを理解していくのですか?
ヒアリングだけでは、十分な理解にはたどり着けないというのが実感です。私のチームに、もともとWebの開発をしていたエンジニアがいます。彼はマーケティングの案件を経験したあと、半年から1年ほどマーケティングの組織に入りました。そこでは制作を支援するだけでなく、自分でマーケティングの企画立案に参加し、素材の切り出しや動画編集、SNS運用まで経験しています。
自分の手で体験して初めて、運用上の課題が見えてきます。ただ、そこで見つかる課題を「現場を楽にする」方向で解くと、冒頭で話した落とし穴に戻ってしまいます。彼が意識していたのは、マーケティングの目標に寄与する運用にするには、現在の体制をどう変えるべきか、ということでした。
事業目標という全体像を捉えながら、現場の業務を一つひとつ見ていく。その両方をやったからこそ、ヒアリングだけでは見えなかった課題にたどり着けたのだと思います。
事業領域、つまりドメインを理解するには、この両軸が必要だと思っています。事業の目標を捉えることと、足元の泥臭い仕事を自分の手で実体験すること。どちらか一方では足りません。だからこそ、ニュースならニュース、ドラマならドラマの現場にしっかり入り込んで、同じ目線でものを作っていきます。この距離感で仕事ができることが、「ABEMA」の強みだと思っています。
プロダクトの目標を、事業の成果に近づけ続ける
── 事業と同じ目標を持ったとき、AI Productチームの成果はどのように測っているのですか
サイバーエージェントには「AI番付」という全社横断の取り組みがあります。各部署のAI活用レベルを相撲の番付のように格付けし、可視化する当社独自の取り組みで、半年に1度番付が更新される仕組みです。「ABEMA」でもニュースやドラマといった部門ごとに目標が置かれていて、私たちはこの部門ごとの目標を、自分たちのチームの目標として持っています。
部門が目標を達成できるかどうかは、私たちが作るプロダクトの出来にかかっています。だから、部門の数字を横から眺めるのではなく、その数字を達成するところまで自分たちの責任としてやります。部門の事業目標がそのまま自分たちの目標になるので、感謝されて満足して終わる、ということが構造的に起きません。
── 部門の目標とは別に、個々のAIプロダクトにも目標を置いているのでしょうか
プロダクトごとにも目標を置いています。ただ、一度決めた目標をずっと追い続けるのではなく、プロダクトの成長にあわせて、より事業の成果に近い目標へ段階的に更新していきます。
「AI速報」を制作するAIプロダクト「速報!ワンタッチくん」で言えば、運用当初の目標は「月に何本の速報を出すか」でした。そこから「ニュースを覚知してから配信するまでを15分以内にする」「月に何万人のユニークユーザーが視聴する」といった、事業の成果に近い目標へ移していきました。
配信本数や利用者数を安定して伸ばせるようになったら、次に狙うのは、それが事業にどのような成果をもたらしたかです。他局がまだ報じていないニュースをどれだけカバーできているか、視聴者が求めるニュースを覚知できているか、関連するニュースまで見てもらえているか、といった提供価値そのものを見る指標へと広げていきます。
こうしてプロダクトの成長段階に応じて目標を更新し続けることで、運用効率化にとどまらず、事業成果につながるプロダクトへと成長していきます。
番組の解析には、ドメインに精通した機械学習エンジニアが求められる
── AI Productチームには機械学習エンジニアも多く所属しています。チームにおける機械学習エンジニアの重要性について聞かせてください
番組コンテンツの品質向上を目的とした映像解析においては、役者の演技の機微が表れるシーンの検出や、突発的な出来事に対する感情の変化が表れるシーンなどを、機械学習によって捉えることを中長期的に目指しています。こうした機微な表情などは番組や文脈ごとに意味が異なるので、アプローチを最適化していく必要があります。
また、番組コンテンツへのドメイン知識だけでなく、既存の配信システムとの連携も欠かせません。例えば、麻雀番組の文字起こしでは、麻雀特有の用語や進行への理解がないと正しく評価ができません。番組の種類ごとに、どのモデルを使うか、どうカスタマイズするか、どのデータを前提知識として渡すかの判断が変わります。さらに、解析結果を配信システムや素材管理システムなどの既存の仕組みと連携し、継続的に現場で使える状態まで実装することが求められます。
だからこそ、用途に応じた機械学習基盤を整備しながら、事業ドメインを理解し、モデルの選定・カスタマイズからクラウドアプリケーションとしての実装まで担える機械学習エンジニアの重要性が高まっています。
技術だけではない、事業への当事者意識を育むビジネスリードエンジニアの育成
── マネージャーとして、ビジネスリードエンジニアをどのように育てていますか。技術力のほかに、どんな素養を大切にしているのでしょうか
論理的思考能力が高いことは前提として、AI時代にはソフトスキルの重要性がより高まっていると言われています。ソフトスキルというと、コミュニケーション能力や会話の上手さを思い浮かべるかもしれませんが、私が大事だと思っているのは「自己開示ができること」「作品や事業そのものへの興味と愛着があること」です。
そのため、育成の面では、エンジニアをできるだけ制作現場に出すようにしています。AI Productチームのエンジニアは、ドラマの脚本打ち合わせに技術アドバイザーとして参加したり、最新のAIトレンドやリテラシーの観点から助言をしたりします。ロケハンに帯同して、監督やカメラマンと一緒に美術の打ち合わせに入ることもあります。開発の要件をもらう場ではなく、作品がつくられていく場そのものに立ち会わせる。そこで作品への興味と愛着が育っていきます。
そうした場では「脚本のこのシーンで最新テクノロジーが登場するなら、いまの技術ではこういう描写が自然です」と自分から提案したり、「このロケ地ではどんなショットを想定していますか。カメラ位置や時間帯ごとの光の入り方を事前にシミュレーションできれば、当日の判断が速くなりそうです」と、相手の意図と自分たちの技術的な視点を重ねながら会話ができます。
ここでいう「自己開示」は、単に自分のことを話すという意味ではありません。自分の興味関心や疑問、専門性を率直に出すことです。そうすることで、相手も本音で返してくれますし、同じ目的を共有しているからこそ、一歩踏み込んだ会話ができると思っています。
メンバーによく話すのが、「何かお手伝いできることはありますか」というスタンスでロケバスに乗るのと、「今回のドラマを成功させたい」という気持ちで乗るのとでは、同じロケバスの中でも会話が全く違うということ。後者なら「このシーン、機械学習でこういう支援ができます」という将来の技術投資につながる話まで発展します。
AI時代にはソフトスキルが重要だという声をよく聞きますが、その重要な要素の1つが「自己開示」にあると思っています。そして自己開示ができるかどうかは、制作や事業と同じ目標や志を持って現場に入れているかにも大きく影響されます。だからマネージャーとしては、ノウハウを教えることだけでなく、メンバーが制作や事業と同じ目標を持ち、現場で経験を積める環境を用意することに力を入れています。
作品を成功させたい、事業を前に進めたいという当事者意識を持っているエンジニアは、自分の考えを率直に出しながら、自然と新しい課題を見つけていきます。そうした積み重ねが、ビジネスリードエンジニアとしての成長につながるのだと思っています。
サイバーエージェントには「素直でいいやつ」という採用基準がありますが、自分の考えを素直に伝え、相手の意見にも耳を傾けながら、同じ目標に向かって仕事をする姿勢は、その延長線上にあるものだと感じています。
いまのチームには、ヒットするオリジナルドラマをつくりたい、「ABEMA」ならではの報道を実現したいと本気で思っているエンジニアが集まっています。そうしたメンバーと一緒に仕事ができていることが、マネージャーとしてこの1年で一番の手応えかもしれません。
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