内閣府からサイバーエージェントへ、「AI×経済学」で日本全体のDXに挑む

技術・デザイン

企業の研究室からだけでなく、大学教員、自治体職員…など様々なフィールドから研究員が集結しているAI Lab。中でも2017年の立上げ期に内閣府からサイバーエージェントに転職し、現在リサーチサイエンティストとして研究とGovtech・行政DXに挑む森脇は、当時異色の経歴だった。持前の行動力で「AI×経済学」の社会実装領域を拡大し、技術を行政のデータ活用の場へと繋げている。自身の経験から見えた経済とデータ活用のリアル、そしてこれからについて森脇が語る。
 

 森脇 大輔   / AI事業本部 AI Lab リサーチサイエンティスト  
2006年東京大学経済学部卒業、内閣府入府。経済対策のとりまとめ、国会対応、経済財政白書や月例経済報告 
の作成、統計改革などに携わる。17年サイバーエージェント入社。AI Lab経済学チームにおいて機械学習・因果推論を用いた広告配信アルゴリズムの改善、オルタナティブデータによる経済予測などの研究を行う。経済学博士(ニューヨーク州立大学アルバニー校)
森脇 大輔 / AI事業本部 AI Lab リサーチサイエンティスト
2006年東京大学経済学部卒業、内閣府入府。経済対策のとりまとめ、国会対応、経済財政白書や月例経済報告
の作成、統計改革などに携わる。17年サイバーエージェント入社。AI Lab経済学チームにおいて機械学習・因果推論を用いた広告配信アルゴリズムの改善、オルタナティブデータによる経済予測などの研究を行う。経済学博士(ニューヨーク州立大学アルバニー校)

リーマンショックで試されたエコノミストの力量

内閣府ではほぼ一貫して経済畑にいました。特に印象に残ったのはリーマンショックのときです。日経平均が連日1000円下落するような事態で、政治家も含め、役所中がパニックになるような状況。私は経済対策を企画する部署に末席として所属していましたが、様々な意見が飛び交う中でなにが正しいのか自分には判断する軸がないと強く感じたのがこの時です。

エコノミストとしての訓練が必要と思い、留学制度でアメリカの経済学博士課程に進み、マクロや計量経済学を専攻しました。当時、アメリカではマクロ経済学のトレンドが大きく変わっていて、従来のGDPや金利といったマクロの経済指標ではなく、個人の消費や所得といったミクロデータを用いる研究が隆盛していました。師事した教授もミクロデータを用いた研究を量産しており、自分も同じくミクロデータの研究で博士論文を書きました。

ー目指すべき経済分析

留学後は1年間国会担当を経験し、政策の効果分析を担当する部署へ異動に。留学で力をつけた自負があり、活躍するぞと意気込んで挑みました。しかし、政策分析に必要なデータがほとんどない状況で、高度なモデルをどう使うか以前に、無理やりデータを集めて貧弱なデータでなんとか分析をするという、これまでとは違った難しさに直面しました。

経済分析を行うには、対象の動きを適切に捕捉するデータが必要となります。しかし、新しいサービスの普及や消費行動に変化があると従来の公的統計では捉えきれなかったり、解きたい問題が変われば同じ経済主体でも違ったデータを取る必要が出てきます。こうした分析側の需要に対して、公的統計は厳格な統制を受けているので、分析側の需要が即座に反映されることはありません。

その結果、分析手法がデータ側に拘束されてしまって痒いところに手が届かない分析になっていました。また、公的統計ではカバーできない範囲のデータは、基本的には分析対象外になっていることが多く、この点も改善の余地を感じています。理想的には、統計調査や業務上のデータを含め、政府全体で収集している膨大なデータをオンデマンドで分析者が集計して分析できるようにできるといいと思います。

ただ、今思うと、データがないなかでも諦めずになんとかするという経験は、いまの自分の軸の一つになっているように感じます。

 

エコノミストの理想と現実

その後、日本経済全体の分析を担当することに。経済財政白書や月例経済報告を通じて政府の経済の見方をレポートする重要な仕事です。やりがいはありましたが、数グループの分析班を統括するポジションで国会対応などもあり、自分自身が分析する時間がほとんどとれずに、フラストレーションはありました。霞が関ではどこも同じだと思いますが、着任してすぐに何も知らないのに資料をひっつかんで、国会議員に知った顔で付け焼き刃の知識を披露するという日常でした。

本来、日本経済の分析というのは、何十年も公的統計に向き合ってトレーニングを積んできた歴戦のエコノミストたちの世界です。たとえ経済学博士号を持っていたとしても知識経験的についていけていないことを痛感していた時期です。

不十分な経済分析をしつつ、同時に統計改革の仕事を担当していたのですが、この仕事を通じて、公的統計がEコマースやギグエコノミーなど経済の進化に対応ができていないといった問題点を認識し、購買データなどオルタナティブデータへの対応の必要性を実感しました。一方で、自分のスキルでは新しいデータを経済分析に応用することは難しいと思いました。

留学前、自分なりになりたいエコノミスト像を思い描いていたのですが、実際にその仕事をしたことで、現実と理想の乖離を目の当たりにしました。基本的な経済分析から最新のデータサイエンスまで、知識やスキルがあまりにも足りないし、また、政府という機関の中ではオリジナリティを出すことは難しい面もありました。

スキルを磨き、自分の名前で仕事するということにも拘りがあり、転職を考えました。

 

内閣府から民間へ、日々変化する世界の衝撃

サイバーエージェントを選んだのは、最初の面接からAI Lab経済学チームの安井さんと話ができたことが大きいと思います。テック企業のなかでエンジニアリングスキル皆無の自分がやっていけるのかは不安でしたが、研究ができて、論文として発表することが奨励されていることが決め手でした。

転職後は、想像どおりエンジニアリングの面で苦しみました(笑)。まだ当時は研究職の役割も浸透しきっていなかったし、エンジニアだと思われる事が多かったので。ただ、まわりは年上の新人を戸惑いながらも受け入れてくれて、もともとパソコン自体は好きだったのでひたすら時間をかけて勉強していました。すべてについて資料が整理されている世界から、ほぼ何もドキュメントがなく日々変化していく世界に移り衝撃はありましたが、何をするにも自分で決めていくというカルチャーは自分には合っていると思いました。

入社当初は開発を学ぶため、まずは位置情報データを扱うプロダクト開発チームの所属となりました。10名もいないようなエンジニア組織の中だけで、実装、データ収集、分析まで行っているのをみるのは感動的でした。経済分析をしていた時は、統計を作成している人、ましてや実際に調査を行なっている調査員の顔を見ることは絶対になかったので。また、分析者側から実装に注文を出すのも面白く感じました。見当違いのことを言ったこともありますが、ロギングのエラーだったり、実装のバグが発見されることもあるのでやりがいを感じました。

ー位置情報を使った経済予測、行動経済学のナッジ理論…プロダクトと密接した研究活動

AI Labに異動してからも、プロダクトと密接に議論しながら研究を続けています。位置情報を使った経済予測[論文]やウェアラブルデバイスデータとリウマチの関係[論文]など、様々なことをやってきました。慶應義塾大学星野教授とのプロジェクトで、外出自粛を促すナッジのメッセージの効果検証の論文でも位置情報を使っています。[論文] 中でも、2020年にAdKDDに採択された論文は、プロダクト所属のMLエンジニアや若手研究者と共に執筆したもので、ビジネス的な問題意識に根付きつつ、アカデミアにおける貢献もできたという意味では、理想的なプロジェクトだったと思っています。
 

「CAO(内閣府)からCAに来たんです(笑)」
「CAO(内閣府)からCAに来たんです(笑)」

意思決定につながる分析を― 再び行政データに向き合う 

転職以降、行政の仕事はずっと関心がありましたが、あえて目をつぶっていました。自分の中の美学として、一度足を洗った以上汲々としないことがかっこいいと思っていたからです。ただ、デジタル庁創設の流れからサイバーエージェント内に行政DXに取り組むデジタルガバメントの部署ができると、やはり、どうしても気になりますよね。会社として取り組むということであれば、せっかくなのでやりたいと思い、手をあげました。

同時期に、スタンフォード大学から凱旋したマーケットデザイン領域の世界的な研究者の一人である小島武仁先生が東京大学で「東京大学マーケットデザインセンター」を立ち上げられたので当社からお声がけし、Govtech開発センターと共に取組む共同研究の立上げを推進しました。

私自身は、マーケットデザイン、メカニズムデザインやマッチングアルゴリズムの知見は皆無ですが、得意の付け焼き刃の知識を使って自治体の方と議論しつつ、プロジェクト全体で足りていなそうなところを補ってシミュレーションなどで手を動かしています。現状は保育所の入所選考アルゴリズムの研究がメインですが、限定するつもりはなく、あらゆるデータを使ってできることをしたいというのがモットーです。

自治体がもっているデータは住民や企業のさまざまな行動が記録されており、うまく使えばいろんなことができることは明らかです。実際に研究テーマとして保健所における行政手続きのデータから経済センサスという統計を作成できないかということもやっています。政府や自治体が自らが保有するデータを適切に使えば、統計調査に頼ることなく意思決定に必要な分析がリアルタイムにできるのではないかというのが私の思いです。

ー 自身に生じた思考の変化

CAに入って研究やデータ分析をしていく上で一番変わったことは、出口を意識するようになったことです。安井さんがずいぶん前から、とにかくどんな場所でも「意思決定」を強調した話をしていて、それに洗脳されたのかなとも思いますが(笑)。
データ分析をした結果どんな意思決定を推薦するのか、モデルを提案した上でどう性能を評価し使う・使わないの判断をするのかなど、とにかく次のアクションにつながらない分析は意味がないという意識に変わりました。

 最近は経済学者が企業へのコンサルティングを始めたり、シミュレーションを公開して政策決定に影響を与えたり変わってきてはいますが、これまでは多くの場合、論文やレポートとして出したものが使われることがあまりないというのが実情でした。そうした中で、社内・社外に限らず使える知見、モデルを提供していくことが大事だなと思っています。そのためには、実際に触って動かせるものを提供することが重要です。東京大学マーケットデザインセンターと取り組む利用調整アルゴリズムにしても、自治体の中で実装して使ってもらうことを目標にしています。
 

「一人産学官連携」、自分だからできること

もともと内閣府に入ったときから物見遊山だったところがあるので、あまり明確なビジョンはないです。もっているもので勝負するしかないという気持ちです。ただ、霞が関出身で民間企業でビジネスを横目で見ながら研究している人はあまりいないと思うので、「一人産学官連携」でそれぞれの立場を自分の中に同居させながら面白いことができたらいいなと思っています。

今、AI Lab経済学チームでは、新たに経済学実装チームとしてマッチング/メカニズムデザインのスペシャリストである冨田さんと、仙台市職員から転職してきた竹浪さんと私の3人で行政DXのプロジェクトを推進しています。二人ともメカニズムデザイン・ゲーム理論の知見がある上、竹浪さんは自治体でシステム導入をしていた経験もあるので、社会実装にはこれ以上ない布陣です。着実に成果を上げつつ、経済学の社会実装の領域を拡大していきたいと思っています。
 

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