ABEMAにおける生成AI活用の現在地──生成AI時代の開発とエンジニアの成長戦略

新しい未来のテレビ「ABEMA」では、サービスの成長とともに開発体制も進化を続けています。近年では、コンテンツ体験の向上や業務効率化を目的に、生成AIを活用した取り組みが開発局内でも進んでいます。
本記事では、プロダクト開発部門で生成AIの導入を推進してきたプリンシパルエンジニアの波戸と、レコメンド機能の開発を担うエンジニアリングマネージャーの菅にインタビューをしました。具体的な導入事例から現場での変化、生成AI時代のエンジニアに求められる学ぶ姿勢まで、「ABEMA」の開発現場における「生成AI活用の現在地」を聞きました。
Profile
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波戸 勇二 (株式会社AbemaTV Development Headquarters Product Division)
2011年入社。バックエンドの共通基盤開発と並行してAmebaのAndroid、iOSアプリの開発に従事。その後、音楽ストリーミングサービス「AWA」の立ち上げにも携わる。2016年「ABEMA」のiOSアプリ開発に参画。同プロダクトにてiOS・AndroidチームのEngineering Managerとクライアント戦略室室長を経て、2024年からはPrincipal Product Engineerとしてプロダクト開発のエンジニアリングの責任者を務める。 -
菅 俊弥 (株式会社AbemaTV Development Headquarters Product Division)
2021年新卒入社。「ABEMA」 に参画し、大規模スポーツイベント用の新機能開発や検索基盤のリプレイスなどに携わり、現在はユーザー体験を推進させるために新機能の開発と拡張を担う。2024年より Product Backend チームの Engineering Managerを務める。
「ABEMA」の機能改善における生成AIの導入事例
── 最初に、お二人のエンジニアとしてのバックグラウンドについて教えてください。
波戸:「ABEMA」開発局におけるプロダクト開発部門で、プリンシパルエンジニアを務めています。約60名のエンジニアが関わるプロダクト開発に責任を持ち、開発の方向性の策定や品質向上の推進などにも携わっています。
菅:同じプロダクト開発部門で、バックエンドのエンジニアリングマネージャーをしています。現在は「ABEMA」のレコメンド機能の開発を担当しており、視聴体験の向上を目指して取り組んでいます。
波戸:私たちは、プロダクト開発部門における組織づくりや技術戦略を共に考えています。その一環として、プロダクト開発における生成AIの活用を推進しています。生成AIは、導入すればすぐに生産性が上がるように見えるかもしれませんが、実際にはコストやリスク管理、セキュリティ面の検証が必要不可欠です。
そうした観点も含めて、AIツールの選定や導入プロセスの整備、検証など各推進チームと連携してプロダクト開発における徹底活用を推進しているところです。
── 生成AIが急速に進化し、活用が広がる中「ABEMA」の開発現場ではどのような取り組みが進んできましたか?
波戸:ここ2~3年で生成AIが急速に進化する中、サイバーエージェント全社でもその活用を模索する動きが広がってきました。たとえば、2023年には「賞金総額1,000万円 生成AI徹底活用コンテスト」といった全社横断の取り組みも実施され、さまざまなアイデアやPoCが持ち寄られました。
「ABEMA」でも、実際にいくつかの部門でプロダクト導入事例が増えています。例えば、バナー画像の生成やニュース記事の生成といった取り組みは、既に制作現場に導入され運用実績を残しています。
※ 手段であるはずのAIが目的化!?「ABEMA」DX推進で得た失敗経験と、データ利活用までの道のり
※ 「ABEMA」開発局 × 報道局が模索する、生成AIとニュース記事の可能性
菅:私が携わっているレコメンドの機能でも、生成AIを活用したプロダクト導入が進んでいます。下記は「Google Cloud Next Tokyo ’24」で発表した内容で、ベクトル検索で構築したレコメンド システムに関する発表になります。
具体的には、「ABEMA」に配信される各コンテンツのメタデータ(例:番組のあらすじなど)をAIで要約・構造化し、それをベクトル化した上で、ベクトル検索の仕組みを活用して類似コンテンツを見つけ出すというものです。たとえば、視聴者が「今日、好きになりました。」という番組を視聴した際に、「今日、好きになりました。を見たあなたへ」といった形で、近いテーマや傾向を持つ番組を自動的にレコメンドする事を可能にしています。
本機能をリリースしたことで、サービス指標において数パーセントの改善が確認されており、生成AIがユーザー体験の向上に貢献できることを示す1つの事例となりました。
今後は、番組全体ではなくシーンレベルでの解析情報を活用することで、より精度の高い、高度なレコメンドの実現も視野に入れています。例えば「感動的な告白シーン」や「サプライズで盛り上がる場面」といった人気シーンを解析し、より精緻で文脈に合ったレコメンドの可能性も模索しています。

コード補完からワークフロー設計まで。「ABEMA」の生成AI活用の現在地
── 生成AIを開発現場に導入するうえで、効果的なアプローチにはどのようなものがありますか?
波戸:生成AIを活用して開発の生産性を高めていくためには、さまざまなアプローチが考えられますが、私たちは大きく2つの軸で捉えています。
ひとつは、日々の開発環境に組み込まれたツールによる支援です。たとえば、IDEやエディタ上でのコード補完やサジェストなど、開発者の作業をリアルタイムでサポートするものが代表的です。さらに最近では、与えられた情報をもとにタスクを自律的に分解・実行できる、AIエージェントのようなより高度な支援の仕組みも登場しています。
もうひとつは、業務全体を俯瞰し、チームや組織単位での生産性向上を目指すアプローチです。ワークフローそのものを最適化したり、エージェントを組み込んで業務プロセスを支援したりすることで、より広い視点で効率化を図ることができます。
前者については、たとえばGitHub Copilotのようなツールが挙げられます。開発者がコードを書く際に補完・支援してくれる存在として、日々の開発業務に直接的な効果をもたらしてくれます。こうしたツールは比較的導入のハードルも低く、サイバーエージェントでは2023年4月から全エンジニア向けに提供しており、当時から1,000名を超えるエンジニアが利用していました。上記記事を公開した当時、GitHub社によると日本国内ではプロンプト送信行数と提案受け入れ数が1位を記録していたそうです。こういった経緯もあり、2年たった今では、日常の開発業務の中に自然と浸透していると言えます。
一方で後者は、より構造的なアプローチが求められる領域です。自前で設計したワークフローやAIエージェントを活用し、テストの実行や業務プロセスの自動化を進めていく取り組みです。単にツールを導入するだけではなく、業務設計やシステムの全体構造を踏まえた上での最適化が必要になります。
生成AIの進化、そしてそれを取り巻く環境の変化は非常に速いため、どちらの軸においてもスピード感を持って試行錯誤を重ねながら改善し、最適な形を見出していくことが大切だと考えています。
── 大規模なプロジェクトでは、システムの複雑さから認知負荷が高まりやすく、開発生産性やメンテナンス性の低下につながる要因となっています。こういった、既存の開発プロジェクトにおける課題に対して、生成AIの導入でどのような効果が得られるかも教えて下さい。
菅:認知負荷の軽減という観点では、GitHub Copilotのようなコードアシストツールを活用することで、「この機能はどこにあるのか」「どういった構成になっているのか」といった質問をコード全体に対して投げかけられるようになり、一定の効果は出ていると思います。
ただし、仕様や要件などのドメイン知識に関しては、コードだけを見て把握するのは難しいです。たとえば「ABEMA」のバックエンド側のコードベースを見ると、非常に多くのマイクロサービスが存在していて、システム全体の構造はかなり複雑です。
そのため、「ABEMA」ではドキュメントツールであるesaを活用し、仕様書や要件定義書、PRD(Product Requirements Document)などを一元管理しています。
さらに、そうしたドキュメントを生成AIで引き出せるようにするための取り組みとして、社内では「esa AI」というRAGと全文検索のハイブリッド検索ツールを開発しました。「ABEMAの海外対応はどのような仕様になっていますか?」といった質問をすると、esa内に記載された関連情報を抽出して、わかりやすく要約された回答が返ってくる仕組みです。
こうした取り組みによって、ドメイン知識のキャッチアップや情報収集がよりスムーズになり、結果として認知負荷の軽減にも少しずつ効果が現れてきていると感じています。
── ドキュメント文化の推進という意味でも、生成AIは効果を発揮しそうですね。コードから自動でドキュメントを生成するような活用も、実際に進んでいるのでしょうか?
波戸:既存のプロジェクトコードに対してドキュメントを生成したいという目的であれば、生成AIを使ってたたき台を素早く用意する用途には十分活用できます。
ただし、コードから生成できるドキュメントは、プロジェクト構造やアーキテクチャ図、詳細設計レベルの情報など、構造が明確でコード上に根拠がある内容が中心になります。
一方で、ドメイン仕様や暗黙的なビジネスルール、設計の背景、非機能要件といった情報は、コードから直接生成するのが難しいケースも少なくありません。
現時点では、自動生成できる範囲を見極めながら、ドキュメントの質や内容は人の手で整備していく必要があります。
当たり前のことですが、コンテキストの質は生成AIの生成品質に大きく影響します。システム開発プロジェクトのすべてをコードで管理しようという Project as Code(PaC) のような考え方も出てきています。
そうした構造化された開発情報を、MCP(Model Context Protocol) のような仕組みを通じてLLMに提供できると、生成AIの生成品質も大きく高められると考えており、現在「esa MCP」を用意して検証を進めています。
そのため、要件から仕様、背景などをナレッジとして丁寧に残していくことは、これからますます重要になってくると考えています。
── テストのように工程が多い一方、信頼性が求められる分野では、生成AIの導入にどのような効果がありますか?
菅:テストは、生成AIがワークしやすい代表的な領域だと感じています。たとえば、関数レベルの処理に対する単体テストの生成であれば、非常に高い精度で出力されますし、「この機能の仕様書を踏まえてテストコードを生成してください」といったプロンプトに対しても、現時点でかなり実用的なテストコードが得られる状況です。
とはいえ、こうした活用はあくまで「アシスト」という位置づけです。たとえば、コード補完のように単体で完結する領域であれば、導入も比較的スムーズで、即効性があります。
波戸:一方で、E2Eテストのように複数の工程が連動するプロセスでは、テスト項目書の作成から自動実行、結果のアサーションまでを含む統合的な仕組みが必要になります。
さらに、開発全体を俯瞰してみると、要求の整理から始まり、要件定義、設計、実装、テストへとプロセスは多段階に分かれています。こうした全体を一つのツールでカバーするのは現実的ではないため、それぞれのフェーズに適したツールを選び、適切に組み込んでいくことが重要だと考えています。
また、最近注目されているAIエージェント型のアプローチについては、私たちも非常に可能性を感じています。
タスクを自律的に分解し、状況に応じて判断しながら動作するという仕組みは、開発プロセスを大きく変える力を持っていると考えています。
特に、複数のドメインが絡み合う「ABEMA」のような大規模なサービスにおいても、こうした仕組みをどう活かしていくかは、非常に意義のあるチャレンジです。
現時点では、膨大なコンテキストを正確に扱う上で課題がある場面もありますが、実用化に向けた技術の進化には大きな期待を寄せています。
まずは、単体タスクなど確実に価値を発揮できる領域から活用を進め、段階的に適用範囲を広げていくことを目指しています。

生成AIが当たり前になった時代に──エンジニアの成長戦略と「越境」のリアル
── 生成AIが開発現場に浸透していく中で、個々のエンジニアのスキルアップや新メンバーのオンボーディングに、どのような影響が出ていると感じていますか?
菅:特にジュニア層や学生インターンを育成する場面で、生成AIの効果を実感しています。私のチームでは、レコメンド機能の開発に学生インターンを受け入れているのですが、生成AIをうまく活用することで、プロジェクトに参加して間もない段階でも実務にスムーズに入っていけるようになってきました。
たとえば、実装時にAIに相談しながらコードを書いたり、APIの使い方や設計方針についてサポートを受けたりすることで、通常であれば数年かけて身につけるような開発ノウハウを、より短期間で得られているという印象があります。学生や若手のエンジニアが早期に成長できる環境が整いつつあるのは、大きな変化だと感じています。
── 先に議論があったように、「ABEMA」のような複雑なサービスでは、開発者が理解すべきドメインの量も多く、キャッチアップに時間がかかりそうです。その点はいかがですか?
菅:「ABEMA」では、たとえばホーム画面などのUIまわりを担当するチーム、課金や認証といった基盤機能を扱うチーム、インフラ構築のチームなど、ドメインごとに明確に役割が分かれています。それぞれの領域がかなり独立しているため、私自身も全体を完全に把握しているわけではありません。
私が入社した時は、基本的な視聴機能や、それに関わるデータの流れなど、プロダクトの中核をなすドメインについては、入社から半年~1年ほどかけて、ようやく理解が深まってきたという実感でした。領域ごとに仕様や思想が異なるため、一つひとつ丁寧に学ぶしかないというのが現状です。
今後、長期記憶できるような AI や AI エージェントを複数活用するようなマルチエージェントなどが進化すれば、個人の業務コンテキストに適応しながら業務の効率化を支援してくれるようになるかもしれません。そうなれば、認知負荷軽減やスムーズなオンボーディングが実現できるので、配属初期から高い生産性を発揮できる可能性もあり得ます。
── 専門領域を越えて技術を学び、業務に活かす場面も増えてきたかと思います。菅さんご自身は、バックエンドエンジニアとしての経験を軸にしながら、レコメンド開発で機械学習領域にも携わっていると伺いました。そうした「職種の越境」がしやすくなっている実感はありますか?
菅:私はもともとバックエンドエンジニアとして入社していますが、同じチームには機械学習を専門とするエンジニアも在籍しており、互いの専門性を活かしながらAIを活用したシステムを一緒に構築する機会が増えています。
レコメンド機能の開発では、どうしても機械学習に関する知識が必要になりますが、生成AIをうまく取り入れることで、未知の領域に対する理解やキャッチアップが格段にしやすくなったと感じています。
また、生成AIの進化に伴って、外部クラウドサービスでもベクトル検索のようなソリューションが充実してきました。類似コンテンツを扱う機能も、以前よりずっと簡単に取り入れられるようになっていて、専門性が求められる領域でも、実際に手を動かしながら試行錯誤できる環境が整ってきていると思います。
── CursorやDevinなど、生成AIを活用した開発ツールは急速に進化しています。こうしたツールを使いこなすうえで、エンジニアに求められる素養やスキルはどのようなものだと感じていますか?
波戸:生成AIは“それなり”に仕上げることは得意ですが、プロダクトとして求められる品質にまで高めるには、やはり Human-in-the-Loop のように、各工程で人の判断と介入が欠かせません。最終的なアウトプットの質を担保するには、現段階では確認と調整がある程度必要であり、それが今のリアルな姿だと捉えています。
例えば「ABEMAのこの機能を新しく作りたい」とAIに伝えるだけでも、要件を言語化する段階で、相応の言語化能力やソフトウェア設計能力が求められます。加えて、セキュリティやデータや非機能要件、コンテキストを考慮した設計思想などを、自然言語だけで正確に伝えるのはハードルが高いです。
しかし、モデルやツールの進化は想像以上に速く、コンテキストの量や質の向上によって、生成AIやAIツールが果たせる領域は今後ますます広がっていくと考えています。そうなると、エンジニアが単純なコーディングスキルだけで価値を発揮するのは難しくなっていきます。
その一方で、AIを適切に活用し、チームやプロダクトに貢献できるスキルは、大きな強みになります。
そして、生成AIを含むAI技術を前提とした開発が当たり前になれば、開発や運用のスタイルそのものも大きく変化していきます。AIが出力したアウトプットの妥当性や信頼性を見極めるための専門性はもちろん不可欠ですが、要求を正しく要件や仕様に落とし込む力、全体を見据えた戦略的な思考、システム全体を設計するアーキテクチャ思考といった、抽象度の高いスキルの重要性もより高まっていくと考えています。
自らの専門性を軸にしつつ、越境的に学び視野を広げ、「何をつくるべきか」を考えチームやプロダクトを前に進めていく力が、これからのエンジニアには一層求められてくるのではないかと思います。
そういう点で言えば、菅のようにバックエンドエンジニアを軸に、「ABEMAに求められる機能は何か?」を逆算した上で機械学習の分野に越境していくエンジニアが増えているのは、とても頼もしいですね。
本来、異なる技術分野に踏み込むには相応の努力や学習が必要なのですが、生成AIを活用することで、その学習コストや心理的ハードルが下がってきています。だからこそ、ぜひ積極的に活用して、自分の成長やチームの成果につなげてもらえたらと思います。
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研究開発組織「AI Lab」ー企業競争力の源泉ー

設立から9年を迎えた、サイバーエージェントの研究開発組織「AI Lab」。広告業界では類を見ない約100名の多様な領域の研究員が所属し、日々最先端のビジネス課題の解決と学術貢献に取り組んでいます。
これまでにAI研究をリードする企業として日本4位、世界49位にランクインした実績もあるなど、国内トップクラスの企業研究所としてサイバーエージェントの競争力を牽引する研究組織。その実態に迫ります。