競輪の視聴体験を変えたWINLIVEの技術:
「選手体力の可視化」で直面した課題とは

競輪・オートレースのインターネット投票サービス「WINTICKET」が提供する「WINLIVE」は、競輪選手の体力をリアルタイムで可視化するシステムを通じて、初心者にもレースの状況をわかりやすく伝える新しい視聴体験を届けています。「WINLIVE」の実現には、データサイエンティストやスタジオエンジニア、3DCGエンジニアなど、多様な技術職が関わっています。その中でも技術的に中核をなした、画像認識や物体認識の開発に取り組んだデータサイエンティストチームの話を聞いてみました。
Profile
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篠原 祐真 (株式会社WinTicket スポーツ映像テック事業部)
前職では画像認識のリサーチエンジニアとして自動運転や医療プロジェクトに携わり、2022年にサイバーエージェントへ入社。現在は株式会社WinTicketで「WINLIVE」の画像認識技術の開発とプロジェクト管理を担当。 -
松田 和己 (メディア統括本部 Data Science Center(DSC))
2015年にサイバーエージェントにデータサイエンティストとして新卒入社後、「ABEMA」のユーザー行動分析やデータ整備に従事。現在は「WINTICKET」におけるデータ活用や意思決定支援を行い、「WINLIVE」では競輪選手の体力計算ロジック開発を担当。 -
若松 浩平 (メディア統括本部 Data Science Center(DSC))
2020年にサイバーエージェントへ機械学習エンジニアとして新卒入社し、複数サービスの横断業務に従事。2023年から「WINTICKET」に関わり、「WINLIVE」の画像認識モデルの開発やシステム実装、クラウド移設プロジェクトを担当。
競輪 × 画像認識で表現する「競輪選手のHPリアルタイム表示」
── 「WINLIVE」はどんな背景やビジネスニーズから立ち上がったのですか?
松田:2022年頃に「WINTICKET」のスタジオエンジニアから「選手の走行スピードやスポーツとして魅力を伝えられるような機能や映像体験を構想中なので、データに詳しい人に相談したい」というリクエストが、我々データサイエンスセンター(DSC)に寄せられたことがきっかけです。その後「競輪初心者にもわかりやすく番組を伝えるために、選手の体力をリアルタイムに計算してHP ※1として表現したい」という具体的な案となり、本格的に関わるようになりました。
※1 HP:Hit Pointの略で、主にゲームにおけるキャラクターの生命力やスタミナを表す指標として使用される

「WINTICKET」では、DSCが関わる前から産学連携を含めてPoC開発を進めており、実証実験を兼ねた形で選手の速度データを計測していましたが、改めて担当者からのニーズを深掘りしてみると、技術的な難易度の高さを実感しました。
── 技術的な難易度の高さとは?
松田:まず大前提として、競輪という競技の特性上、選手や自転車に速度メーターやGPS機器、車載カメラなどの機材を取り付けることができません。同様に、競技の安全性や競輪場内の景観を損なうような走行コース付近へのカメラやスピードメーターの設置も厳しく制限されています。
そのため、LIVE配信されている映像や距離のある位置からの映像を活用して、選手が競輪場のどの位置を走行しているかを特定し、その位置情報を基にリアルタイムで速度を計測する仕組みを構築する必要がありました。加えてHPを計算するため、空気抵抗を計算するロジックの開発も必須でした。モータースポーツで知られる「スリップストリーム」※2の概念を数値化するイメージです。
※2スリップストリーム:車両や航空機が移動する際に後方に形成される低気圧の空気の流れを指す。この現象を利用することで、後続の車両や航空機は前方の車両によって空気抵抗が軽減され、燃費や速度が向上するとされる。
篠原:プロジェクトの初期段階では、「速度」「選手の基礎体力」「空気抵抗」を数値化し、LIVE映像からリアルタイムで計測・演算できれば「選手のHPをリアルタイムで表示」が実現できると仮説を立てました。
その一方で、「WINLIVE」として生配信番組を視聴者に届けるためには、バックエンドのエンジニア、リアルタイムでCGを描画する3DCGエンジニア、映像伝送を担当するスタジオエンジニアなど、多様なスキルを持つスペシャリストが連携する必要があります。
そこで、長く「WINTICKET」のLive配信に従事してきたスタジオエンジニアを中心に、映像、スタジオ、データサイエンス、リアルタイム3Dレンダリングに強いエンジニアたちでチームを結成しました。サイバーエージェントでは、難易度の高いビジネス課題に直面した際に、各分野で活躍する社員の顔がすぐに思い浮かび、気軽に相談できる企業カルチャーがあります。このカルチャーが「WINLIVE」を実現するチーム組成に大きな役割を果たしました。
松田:「WINLIVE」に関わったエンジニアが、それぞれの角度から得た知見をCyberAgent Developers Blogに投稿しているように、多様なスキルを持つスペシャリストが連携し、実現したのが「WINLIVE」の特徴です。
■ WINLIVE における風可視化の取り組み (バックエンドエンジニア)
■ 競輪オリジナル中継映像「WINLIVE」の描画システムについて (3DCGエンジニア)
■ スタジオゼミ技術活用報告 VoIPの利用とその魅力 ~NDI編~ (スタジオエンジニア)
■ 競輪選手の体力を視覚化するための物体認識とデータサイエンスの融合
画像認識からリアルタイム配信まで、「WINLIVE」を支えるワンストップな開発チーム
── その仮説をもとに、プロダクトとして形にしていくプロセスについて教えて下さい。
篠原:まず競輪場の皆さまのご理解とご協力を得た上で、コースの遠方から競技を撮影するための映像機材を競輪場施設内に設置することから始まりました。
若松:私は、その設置されたカメラ映像を用いて、選手の位置情報を特定する画像認識システムの構築を担当しました。このシステムでは、カメラ映像から選手を画像認識し、その走行位置を特定します。そして、その位置情報を競輪場内の3次元座標データに変換します。
篠原:「WINLIVE」の技術的にユニークな点は、競輪場という特殊な環境を活用してシステムを構築したことです。今回取り組んだ画像認識タスクは、画像上の選手の2次元座標から競輪場内での選手の3次元座標を推定するものです。これは一般に「不良設定問題」と呼ばれ、2次元情報から3次元情報を推定する際に何らかの制約を加えなければ解決できない問題です。
さまざまな制約の与え方が存在しますが、私たちは競輪という競技の特性を活かし、この問題を解決しました。競輪場は全国に43箇所と数が一定であり、それぞれコースの形状は異なりますが、走行エリアの3次元形状は日時に関係なく不変です。そこで、各競輪場ごとに走行エリアの3次元形状を事前に計測し、レース時にはそのデータを制約として選手の3次元座標を推定しています。
選手や競輪場に計測機器を設置できないという制限がある中で、競輪の特徴を活かし技術的な精度を高めるアプローチは、「WINLIVE」開発チームならではの解決方法でした。

── HP表示の精度を高めるために、特に注力した点について教えて下さい
松田:画像認識システムからリアルタイムに得られる選手の3次元座標をもとに、走行速度や走行位置、隊列全体の形状による空気抵抗を始めとしたとした各種の抵抗力や、個々の競輪選手の走行スタイルを考慮し、レース中の競輪選手の消費体力を推定してHPとして表現する。この一連のロジック構築が非常に難しかったです。
より確かなロジックを実現するため、休日の競輪場で自転車競技選手にセンサー機器を付けて様々なシチュエーションでテスト走行をしていただきました。前方を走る選手とその後方を走る選手の踏み込む力を比較し、スリップストリームの影響が隊列によってどのように変化するか検証しました。データをモニタリングしてみると、後続を走る選手のほうが踏む込む力が少なく、機器による計測値は私たちが構築したロジックと近い結果を示していたので、一定の妥当性があることが判明した時は、手応えを感じました。
ようやくプロトタイプ的な機能を試験的に提供できたのが、2023年の秋頃。ただし課題も多く、特にコスト面や運用の持続性を考慮する必要がありました。例えば、現地でのシステム運用に十数人のオペレーションスタッフが必要で運用オペレーションも煩雑。自動化と省人力化が急務の課題でした。
若松:自動化によるオペレーションコストの軽減に注力した結果、ようやくシステム全体がまとまって動作するようになったのは、2024年に入ってからでした。一般視聴者向けの初回リリースが1月の小倉競輪場でのレースと決まり、急ピッチで機材設置や準備が進んでいきました。
画像認識はデータ処理フローの最初に位置しているため、この部分がうまく機能しないとHP表示の精度が大きく劣化してしまいます。そのため、本番当日に近いデータを取得してシミュレーションを行うなど、入念な事前準備をしました。
特に小倉競輪場の9人レースを想定したシミュレーションでは、9人の選手にご協力いただき、「指定した色のユニフォームの着用」「データ取得のために用意した試合展開のシナリオ」「模擬レース中の順位変動」といった具体的なシナリオを用意しました。実際のレースに近い状況のシミュレーションを重ねることで、画像認識の精度を高めるための実践的なデータを集めることができました。
2024年4月25日の小倉競輪場でのレースは「WINLIVE」のお披露目の日となるため、シミュレーション結果をもとに、前日までモデル調整を続けていたのを、今でも覚えています。
「WINLIVE」が切り開くスポーツテックの新たな可能性
── 2024年4月のプロダクトリリースを経て、現在はどんな課題が見えていて、どのように解決していこうとしていますか?
篠原:小倉競輪場のレース後に実施したユーザーアンケートでは、概ね良い評価を得ることができました。次の目標は、システムをスケールアップさせ、さまざまな競輪場や時間帯で展開できるようにすることです。
若松:全国展開を実現するための要になるのが、システムのクラウド化です。リリースの時点では、競輪場内に処理用のマシンを設置し、そこで全ての処理を行い、最終的な映像だけをインターネットで伝送するオンプレミス構成で運用していました。この構成は、データの同期やネットワーク速度を重視し、安定した運用を目的としたものでした。
しかし、全国展開を視野に入れると、各競輪場に物理的なサーバーマシンを設置するのは現実的ではありません。多くのスポーツ施設では、大量の計算リソースを動かすための電力を常に確保しているわけではなく、サーバールーム確保などの必要もあります。運用効率を考慮すると、クラウド化が最適な選択肢となります。

クラウド化を進めるにあたっては、複数のカメラの同期を保ちながら映像を送信する仕組みや、オンプレミスで稼働していたシステムをクラウド上に移設した際の低遅延の実現、コストとパフォーマンスのバランスをどのように保つかなど、解決すべき課題が山積しています。
また、現在は小倉競輪場など屋根付きの競輪場に限定されていますが、屋根のない競輪場では天候や時間帯によって画像の見え方が大きく異なるため、画像認識の難易度も遥かに上がります。全国展開していくためには、こういった課題に1つ1つ対応していく事が求められます。
── スポーツテックという新しいビジネスに、様々な企業が参入しています。「WINLIVE」ならではの強みは何ですか?
松田:先日、音と映像と通信の国際展示会「InterBEE2024」に出展しましたところ、多くの来場者から「どうやって実現しているのか」や「リアルタイムなのか」といった技術的な質問をいただきました。見た目のインパクトに加え、技術的アプローチが、同業他社の驚きや関心を引く大きなポイントになっていると感じました。
特に、撮影から映像の最終出力まで全て自社で実現していることに関心を持って頂きました。通常であればそれぞれの工程を分業するのが一般的で、映像から3次元データや位置情報を提供する会社、位置情報を基にしたロジックを提供する会社、映像表現を作るCG制作会社、そして映像伝送を専門にする会社などがあります。しかし、我々はこれら全てを一貫して自社で行っています。まさにチームサイバーエージェントなところが我々の強みだと思っています。
また、「こういうスポーツにも拡大できませんか」とか「マーケティング的に活用できませんか」といったお問い合わせも増えていますし、逆に「うちの技術を使ってみませんか」という提案をいただくこともあります。
篠原:ビジネス課題に対する技術的なチャレンジを続けていけば、いずれは競輪以外のスポーツにも展開できると思っています。特に、体力表示のような機能は、往年のスポーツファンの方には面白いと感じていただけますが、初めて観る方には難しい部分があります。
「興味あるけど、何を見ればいいのか分からない」という初心者の声に応えるため、視聴体験をサポートするプロダクトを提供する事で、ひいてはスポーツ全体が盛り上がり、スポーツテック業界の活性化にもつながるかもしれません。「WINLIVE」の成功が、そのきっかけになればと考えています。

── スポーツテックと聞くと、「マネーボール」※3のように「スポーツをデータ分析して勝率を上げる」といった印象を受けます。しかし「WINLIVE」が目指しているのは「初心者が楽しめる視聴体験」というのがユニークですね。
若松:たしかに「マネーボール」が扱ったテーマのように、データを使ってスポーツの勝率を上げるというのが一般的な「データ × スポーツ」や「スポーツテック」のイメージかもしれません。しかし「WINLIVE」ではむしろ視聴者の「こういう体験をしたい」というニーズのもと、”新しいスポーツ視聴のかたちをつくる”というビジョンがあります。それを実現するためにデータや画像解析などの技術を深堀りしていくのが「WINLIVE」の開発チームです。
※3 「マネーボール」(書籍: マイケル・ルイス著、映画: ブラッド・ピット主演):統計データを活用した選手評価「セイバーメトリクス」を導入し、資金力の乏しいオークランド・アスレチックスが成功を掴む実話をもとにした作品。スポーツテックの先駆けとして、データがいかに競技の未来を変えるかを示した。
篠原:サイバーエージェントには「ABEMA」があり「WINTICKET」も「ABEMA」と連携してレース配信をしています。このため、サイバーエージェントのメディア事業とスポーツLive配信の間にシナジーが生まれています。「ABEMA」のような多くの視聴者が視聴するプラットフォームで、テクノロジーを用いて競輪などのスポーツを誰もが楽しめる形に進化させられるのは、大きな競争力になっていると思います。

── (株)WinTicketとメディア統括本部 Data Science Centerでは、積極的にエンジニアの採用をしています。どんな人と一緒に働きたいですか?
篠原:今回の「WINLIVE」の開発にあたって、私たちはソフトウェア開発にとどまらず、実際に競輪場に足を運び、競技場や競輪選手と直接対話をしながら、技術的な挑戦を競輪というスポーツ観戦に実装する仕事をしてきました。開発メンバーに共通するのは、職種や専門分野にとらわれず「ユーザーのために何ができるか」を軸に考え、プロダクト実装に動いてきたことです。
例えば若松はデータサイエンティストとして「WINTICKET」に参加しました。現在はクラウド化を担当していて、オンプレミスで運用していたシステムをクラウドに移行するための環境整備や運用効率化に取り組んでいます。このように「WINTICKET」では固定的な役割に縛られることなく、プロダクトや事業のために必要な課題に挑戦できるのが大きな魅力だと感じています。
若松:「WINLIVE」は、単なる技術課題の解決にとどまらず、新しいスポーツ観戦のスタイルを開拓するプロダクトでもあります。データ活用や映像技術を駆使することで、より多くの人々にスポーツの魅力を伝える仕組みを構築することが可能です。「自分の技術を活かして、スポーツの新しい楽しみ方を生み出したい」と考えている方とぜひ一緒に働きたいと思っています。
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