メディアの健全化を12年間支え続けてきた監視基盤システム「Orion」。生成AI時代における社会課題への向き合い方
サイバーエージェントでは、運営するメディアサービスにおいて、青少年の保護及びすべての方に安心、安全にご利用いただける環境を目指し、健全な運営のための取り組みを実施しています。悪質な目的でサービスを利用するユーザーを検知し、排除するため、24時間365日体制で厳重なサービス監視を行う上で重要な役割を果たすのが、監視基盤システム「Orion」です。「Orion」は2013年4月のリリースから現在に至るまで、サイバーエージェントの数々のメディアやサービスの健全化を支えてきました。プロジェクト発足当初から開発に携わってきた藤坂に、テクノロジーで社会課題に向き合う姿勢や、変容する社会に対して「Orion」がどうあるべきかをインタビューしました。
Profile
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藤坂 祐介
2012年にサイバーエージェントに新卒入社。入社以来、秋葉原ラボ(現在のData Science Center)に所属し、検索システムやストリーミング基盤の開発ののち、監視基盤システム「Orion」の開発・運用に従事。以来、「Orion」の運用チームのプロダクトリーダーとして現職。男児2人の父。
メディアの健全化を12年間支え続けてきた監視基盤システム「Orion」
── 現在のお仕事や役割について教えて下さい。
メディア統括本部 Data Science Centerで、監視基盤システム「Orion」の開発責任者を務めています。「Orion」は、私が2012年に新卒入社し研究開発部門に配属された時から関わっていて、「ネットメディアの健全化」を目的に開発された監視基盤システムです。「Orion」は2013年4月のリリースから現在に至るまで、サイバーエージェントの数々のメディアやサービスの健全化を支えてきました。
現在「Orion」は3名のエンジニアで開発/運用していますが、(株)シーエー・アドバンスによる有人監視体制を含めると、数十人のチーム規模となっていて、24時間365日の監視体制で運用しています。私はエンジニアリングマネージャーとして開発チームのマネジメントを行いつつ、MLエンジニアとしても機能実装に積極的に関わっています。
「Orion」は開発当初から「ネットメディアの健全化」を目標にしていましたが、健全化のために向き合う課題は、この12年で大きく変わったと感じます。特に「Orion」が対応してきた、SNSなどにおける悪質な誹謗中傷投稿は、世界的にも大きな社会問題になっていて、ネットメディアにも、法律や倫理に基づいた運用が一層求められているのが現状です。
そんな背景の中「Orion」が蓄積してきた12年間にわたる対策やノウハウは、ネットが社会に浸透した時代だからこそ、価値ある知見だと感じています。最近では「Orion」を通じて得た知識をIT業界やアカデミーに還元するため、学会で研究論文を発表する機会も増えてきました。
── 「Orion」を運用してきた12年を経て、ネットメディアをとりまく環境はどう変わってきたと感じますか?
「Orion」が誕生した2013年頃、ネットは新しい社会をつくる潮流として注目されていましたが、あくまで便利なツールやコミュニケーション手段として、社会の一部に存在していたというイメージです。そこから12年経った現在では、SNSが現実社会を動かしたり、ネットが社会インフラとして生活を支えているのが現状です。
こうした社会の変化の中、SNSやサービスにおける悪質な投稿も、この12年間で変容しています。特に近年、ニュースや新聞を見渡してみると、投資詐欺につながる著名人のなりすましやロマンス詐欺などに関する被害が全国的に多発しているのを確認できます。また、SNSやコミュニティアプリでのID交換を通じて、未成年の誘い出しが重大なトラブルに発展するケースも社会問題として深刻化していて、サイバーエージェントでもガイドラインに加え、課題解決に向けた産学連携での長年の研究を、論文として発表しています。
長く「Orion」を開発・運用して感じる課題感は、オンライン空間におけるイタチごっこが続いているという点です。例えば、誹謗中傷や悪意のある投稿、未成年者の誘い出しが発生すると、サービス側で対策を講じますが、フィルタリングを回避する隠喩や、捨てアカウントなどで対策を乗り越え再びそういった行動が発生し、サービス側が更に対策を講じるというイタチごっこが繰り返されています。
こういった課題感に対して「Orion」では機械学習を活用したフィルタリングの精度向上だけでなく、生成AIを活用して複雑化する誘い出しや詐欺への誘導コメントを検知するなど、AIとテクノロジーを活用した対策に力を入れています。
月間5億件の投稿の健全性を保つ「Orion」の運用体制
── 「Orion」を導入する事で、サービスの健全化がどのように担保されるのでしょうか?
例えば、投稿されたコメントに対して、誹謗中傷などの悪質なキーワードが含まれていないかをリアルタイムでフィルタリングする機能があります。問題のあるキーワードが検知された場合、即座にサービス担当者にフィードバックが送られ、警告表示や機能の一部制限など、具体的な対策が迅速に講じられる運用体制が整っています。このようにして、ユーザーが安心してサービスを利用できる環境を提供しています。
また、悪意あるユーザーが未成年の誘い出しを試みようとした場合には、具体的なキーワードが使用されていなくても、隠喩的な文章や表現を検知できるようにしています。さらに、巧妙に伏せられたID交換の誘いも検知できるようにしています。
「Orion」が一貫して大切にしているのは、問題のある投稿や行動を単に機械的に検知して即座に制限するのではなく、被害者になり得るユーザーへの警告表示やサービス側からのコンタクトを含む段階的なプロセスをサービスの要望のもと設定している点です。
多くのユーザーは健全にサービスを楽しんでいますが、一部の悪意あるユーザーや業者が詐欺や誘い出しに巧妙に誘導しようとするケースがあります。このようなリスクに直面しそうなユーザーに対しては、例えば「あなたの遊び方はトラブルに巻き込まれる可能性があります」と警告することで、ユーザーに冷静になってもらい、リテラシーや危機意識を高めてもらうことを目指しています。
こういった啓蒙的な取り組みは「Orion」だけでなく、サイバーエージェント全体のとりくみとして行われています。
── 「Orion」は日々どのくらいの量の投稿をモニタリングしているのですか?
「ABEMA」をはじめとするメディアサービスにおいて、月間5億件(※)という国内トップクラスの投稿量にリアルタイムに対応しています。これにより、問題のある投稿を即座に検出し、最短で1分以内に有人監視体制へチェックが依頼されます。その後、必要に応じてユーザーへのフィードバックも行われます。
※ 2024年07月時点の実測値
── 機械的なフィルタリングと有人監視のバランスをどのようにとっているか教えて下さい。
例えば、数日前まで未成年者だったユーザーが、誕生日を迎えたことでお祝いに飲酒している写真を投稿し、画像解析では未成年者がアルコールを摂取していると誤検知されたとします。しかし、そのユーザーの背景や文脈を考慮すれば、問題のない投稿だと判断するのは人間の役割です。
機械的なフィルタリングによるアラートを基に、最終的には人間が判断し、必要があればユーザーに適切なアプローチをするようなバランスが重要だと考えています。
「Orion」は監視基盤システムでありながら、サービス担当者や有人監視も組み合わせ、多角的な視点と慎重な判断プロセスを経て運用されています。
「Orion」における生成AI活用とその効果
── 有人監視をはじめとして人の判断が入るとは言え、サービスの投稿量は膨大で日々増えています。運用にボトルネックが生じたりはしませんか?
ネットの普及とサービスの成長に伴い、投稿量の母数も増加しています。それに加えて、複雑化・巧妙化する悪意ある投稿に対して、システム的にどのように先手を打っていくかは「Orion」チーム内の課題としてあがっていました。
そんな中、OpenAI社が2022年11月30日に「GPT-3.5」をリリースしました。これをきっかけに、サービスやプロダクトに生成AIを利活用するための議論が社内でも活発化し、「Orion」チームやサービス側とのミーティングでも、生成AIの活用について議論する機会が増えました。
「Orion」開発チームでも生成AIを活用したモック開発を進め、サイバーエージェント独自の日本語LLM「CyberAgentLM3」や「GPT」などを活用し、テストで作った多種多様な投稿の評価を生成AIに問い合わせると、それぞれの投稿がガイドラインに準拠しているかどうかの適切な判断が得られることがわかりました。
昨年サイバーエージェント社内で開催された「生成AI徹底活用コンテスト」に「Orion」の改善案を応募したところ、嬉しいことに受賞することができました。代表執行役員社長の藤田や、技術担当の専務執行役員である長瀬をはじめとする経営陣が「ネットメディアの健全化」を重要な経営課題として認識している中で、「Orion」の有用性や、生成AIを活用した今後の展開に期待してくれたのは非常に嬉しい出来事でした。
コンテストで注目されたこともあり、「ABEMA」のチャンネル運用担当者にも開発中のモックを見てもらう機会があり、実際に「ABEMA」のチャンネルのコメント欄に導入する流れにも発展しました。サイバーエージェントでは、社内で大々的にコンテストを開催する「挑戦を応援する企業カルチャー」があり、価値あるものとして注目されると、一気に社内に広まり認知度が向上する点が非常に良いところです。
── 実際にプロダクトにどう活用されていて、どんな効果がありましたか?
「ABEMA」のチャンネルに導入した機能は、「ABEMA」のコメント欄において、出演者や登場人物に対する悪質な誹謗中傷を検出し対処する事で、出演者を保護する役割を果たしました。また、悪質な誹謗中傷を繰り返すユーザーの行動パターンやコメント傾向を分析することで、そういったコメントが一般ユーザーの目に触れることを予防する機能も検証しました。
ネットにおける中傷に対して、事業者側の対応が求められる昨今において「Orion」が時代に即した対応ができたと考えています。
「Orion」にとって、機械学習や画像解析によるフィルタリングに加えて、生成AIを導入したことで、監視体制がより多角的に構築できることが期待されます。画像解析が瞬間的なスナップショットとして判断を行うのに対し、生成AIは文脈や投稿の流れを考慮しながら判断することができると考えられます。
生成AIならではの視点は、特に誘い出しのような巧妙なアプローチに対して大きな効果を発揮します。個人情報を収集したり、ユーザーを別サイトに誘導したりする巧妙な手口に対して、生成AIの特性は有効に機能していくと思われます。
── 監視基盤システムに、生成AIを組み込んだ結果、現在のような有人監視による対策が希薄になる可能性はありませんか?
人の手による有人監視を、生成AIで完全に代替することにはリスクが伴うと考えています。なぜなら、生成AIは過去のデータに基づいて学習しているため、不確定な未知の事象に対応するには限界があるからです。生成AIの活用は、あくまで判断基準の1つとして捉えるのが適切だと考えています。
特に、日々巧妙化する未成年者の誘い出しや、ネットミームと絡めた誹謗中傷コメントに対して、生成AIだけで対応するのは現実的ではありません。
生成AIの活用は、あくまで判断基準の選択肢を増やすための手段であり、提示された判断を参考にしつつも、人間の手による状況分析や倫理的な判断を組み合わせることで、より効果的なコンテンツ管理が可能になると考えています。
技術で社会の課題を解決する「Orion」開発チームでありたい
── 「Orion」開発チームでは、新メンバーを募集しています。どんなエンジニアと一緒に働きたいですか?
最近では、メディアだけでなくゲーム事業やインターネット広告事業からも「Orion」の導入に関して問い合わせが増えています。ゲームやメディア、エンタメの境界が薄れ、距離感が縮まっている中、これまでメディアで培ってきた対策が、他の事業に展開できると考えています。
例えば、ゲーム事業部が提供しているスマートフォンゲームでは、バーチャルライブイベントが開催され、何万人もの視聴者が集まるほどの盛り上がりを見せています。これだけたくさんの人が集まれば、時に投稿内容に問題が生じることも少なくありません。
このように「Orion」が誕生してから12年が経過する中で、当初掲げた「ネットメディアの健全化」のあり方は時代とともに進化し、求められる対策や技術も常に変わり続けています。
私たちの仕事は、AIやソフトウェア開発に閉じることなく、常にサービスに寄り添いながら、ユーザーがどんなことに喜びを感じ、どんな事に困っているかを理解する事が大切だと考えています。そして、新聞やニュースを通じて社会問題がどのように議論されているのかを把握し、サービス側と対話しながらどのような対処をすべきか方針を探り、その対処に抜け道がないかを技術的に検証するなど、多角的な発想や視野が求められる仕事です。
「Orion」の改善には終わりがないと思っています。ぜひ「技術を用いて社会課題の解決に挑みたい!」と思ってくれるようなエンジニアと一緒に働けたらと思っています。
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