プライバシー保護で変わるネット広告
プライバシーラボが描く健全な広告エコシステムを目指して

インターネット広告の健全化を目指し、2024年にAI事業本部に設立された「プライバシーラボ」。広告のプライバシー保護と透明性の両立を実現するために、AI技術や新しい広告モデルの研究・開発に取り組んでいます。本記事では「プライバシーラボ」が取り組んできた技術検証や課題、そして業界における影響についてふりかえりながら、広告収益モデルの変化や透明性を重視した新たなエコシステム構築の取り組みについて語ります。
Profile
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暮石 航大 (AI事業本部 プライバシーラボ)
2020年度新卒入社.AI事業本部のリターゲティング広告配信プロダクト「Dynalyst」での広告配信の最適化の改善を経て、現在は「ユーザのプライバシーに配慮したターゲティング広告」の実現をミッションに、プライバシーラボチームのマネージャーに従事。
「Privacy/Tracking」領域の当社「Next Experts」(※)も担当している。
※(当社には、特定の分野に抜きん出た知識とスキルを持ち、第一人者として実績を上げているエンジニアを選出する「Developer Experts制度」があります。その次世代版である「Next Experts」として選出したエンジニアは、各専門領域において培った知見をサイバーエージェントグループ全体に還元すべく、技術力の向上に努めています。) -
太田 浩二 (AI事業本部 プライバシーラボ)
2022年中途入社。プライバシーラボにて広告配信システムの開発に従事。Webアプリケーションの開発に携わるうちに、ブラウザエンジン間で互換性が保たれている努力、悪意のあるWebサイトからユーザーを守る仕組みに感銘を受け、Webブラウザに関心を持つ。
プライバシー保護の潮流がもたらす広告業界の変革
── EUのGDPRや国内の個人情報保護法改正等により、企業のデータ活用が厳しく規制されています。この変化は、インターネット広告業界にどのような影響を及ぼしているのでしょうか?
太田:2021年4月、AppleがATT(App Tracking Transparency)といったトラッキング防止機能を導入したことは、広告業界における大きな転換点となりました。この取り組みは日本のIT企業やプロダクトにも影響を及ぼしたと思います。
一般ユーザーの視点では、特に印象的なのが、iPhoneでアプリをインストールした際に表示される「トラッキングを許可しますか?」といった「アプリがアクティビティを追跡してもよいか確認するポップアップ」です。この仕組みによって、データ収集やトラッキングの実態が日常生活の中で明確に意識されるとともに、プライバシー保護の重要性が広く認識されるようになったと言えます。

Appleに続いてGoogleもまた、データの取り扱いに関する方針を大きく転換しました。これらの動きは、3rd Party Cookieを含む企業のデータ活用手法の課題を浮き彫りにし、広告業界全体におけるプライバシー重視の方向性を加速させる契機となりました。結果として、広告主やプラットフォームは、データ収集の透明性を高め、同意を得た上でのデータ活用を進める方向性にあります。
暮石:EUのGDPRをはじめとした国際的な規制が進む一方、インターネットが社会に浸透した背景には「無料で情報やコンテンツにアクセスしやすい」という側面もあります。こうした環境を支えてきたエコシステムの一つがインターネット広告であり、その技術的な基盤の一つがID、特に3rd Party Cookieを活用したターゲティング広告や効果計測です。
しかしながら、世界中でインターネットが普及したことで、プライバシー保護の課題が浮き彫りになってきたのも現実です。そんな中、2024年3月ニューヨークで開催されたIAB Tech Lab主催のカンファレンスで、IABの所長が述べた「The Great Reset」という提言は、この状況を象徴しています。これまでのインターネット広告の常識が崩壊し、新たな仕組みを構築する段階にあるという指摘は、現在のインターネット広告の状況を的確に表していると感じます。
インターネット黎明期から30年近く使用されてきた3rd Party Cookieの仕組みは、今まさに大きな変革の時を迎えていると言えるでしょう。
── 大きな変革のフェーズにある中で、AI事業本部ではどんな取り組みをしてきたか教えて下さい。
暮石:当時、私は「Dynalyst」に所属していてAppleのトラッキング防止機能(App Tracking Transparency)への対応に追われていました。それと並行してGoogleが提唱する「プライバシーサンドボックス」に関しても技術検証を進めていました。しかし、国内外の広告事業者やエンジニアからの評価は賛否両論でもありました。私自身もエンジニアとして「プライバシーサンドボックス」を検証してみると、「Dynalyst」に導入すべきかどうかは、検討の余地がありそうだなと感じました。
技術的課題や広告業界からの反発を受けた事もあり、Googleは当初2022年に予定していた3rd Party Cookieの廃止を延期(※)しました。
※ (現在では「ユーザーが3rd party cookieの扱いを選択、user-choiceという方法にシフトする」という方向性が示されている)
AI事業本部としても、プライバシー保護を前提とした新しい技術の検証と導入を進めていくことは大前提としつつ、ユーザーの信頼や安全性を守りながら健全な広告プロダクトを提供することを重視しています。「Dynalyst」で始めた一連の取り組みは、広告業界全体の健全化と持続可能な発展に寄与する重要なステップと言えます。

プライバシーラボ設立の背景と、取り組むべき社会課題

── 3rd Party Cookieの廃止やプライバシー保護の強化が進む中で、AI事業本部が設立した「プライバシーラボ」にはどのような背景や経緯があるのでしょうか?
太田:もともと我々は広告プロダクト「Dynalyst」で、AppleやGoogleが進める広告ID廃止の流れに対応する技術や手法を検証するためのプロジェクトに関わっていました。
その後、プロジェクトが進展する中で、取り組む課題が拡大し「Dynalyst」だけでなく、AI事業本部の各プロダクトに還元できるアウトプットを目指すべきだという認識が高まりました。 その一連の流れで設立されたのが2024年6月に設立したプライバシーラボです。
暮石:プライバシーラボの設立は、世界的な潮流の変化が大きな要因にもなっています。2021年1月7日に英国・規制当局(CMA)がプライバシーサンドボックスに対する調査を開始し、その後2022年2月11日にはプライバシーサンドボックスの開発における競争上の懸念に対処することでCMAとGoogleが合意しました。このニュースはプライバシーサンドボックスを取り巻く国際的な議論の大きな転機となり、世界的な関心を集めました。
こうした動きを踏まえつつ設立されたプライバシーラボでは、グローバル基準が求められる中、日本国内の特性を踏まえた仕組みを整備することで、国内外の市場において競争力を発揮する取り組みを進めています。
初期の検証(functional testing)はGoogle Chromeを使用するWebブラウザユーザーの内の1%のユーザーに限定されました。1%とは言っても、従来のRTBプロトコルと違い広告オークションをオンデバイス上で実行する都合上SSPの実装も不可欠で、検証に協力してくれるSSPを探したりもしました。

こうして始まった検証は限定的ではありますが、このような制約がある中でも、Dynalystにプライバシーサンドボックス対応のコードを組み込み、対象ユーザーに対して新たな広告配信技術を試験的に導入しました。この取り組みは、プライバシーサンドボックスの機能が既存の広告配信と比較してどの程度互換性があるかを確認するための重要なステップでした。
その後の検証(industry testing)では、広告配信の効果を比較するために、より大規模なユーザー群を3つのグループに分けてA/B/Cテストを実施しました。一つ目は従来の3rd Party Cookieを利用した広告配信、二つ目はプライバシーサンドボックスを活用した配信(Protected Audience APIによるリターゲティング配信)、三つ目はどちらも使用しない推測型の広告配信(ブロード配信)です。

結果として、3rd Party Cookieを利用した従来の手法が最も広告効果が高く、プライバシーサンドボックスは一定の効果を発揮したものの、現時点ではパフォーマンスが劣ることが確認されました。一方、何も利用しない場合は広告効果がさらに低下し、パフォーマンスも著しく落ち込む結果となりました。この結果から、新たな技術を補完する仕組みや精度向上が不可欠であることが分かりました。

プライバシーラボが実践する「新しい力とインターネットで日本の閉塞感を打破する」やりかたとは?
── プライバシーサンドボックスも積極的な議論の只中にあるフェーズですが、積極的にプロダクトに導入して、前例を築こうとしています。この取り組みを通じて、中長期的にはどのような目標や未来像を描いているのでしょうか?
暮石:プライバシーサンドボックスは、導入企業がまだ限られていることや、従来の3rd Party Cookieを使用した仕組みと比較して十分な効果が確認されていない部分もあり、引き続き技術検証が必要です。これを実現することは、透明性と信頼性を兼ね備えた広告エコシステムの構築に向けた重要なステップであり、業界全体の持続可能な成長を支える鍵となります。
私がプライバシーラボを通じて個人情報保護やインターネット広告の健全化にコミットしているのは、これまで誰もが自由にアクセスでき、多様な情報やコンテンツが広がっていたインターネットの価値や可能性を大切にしたいと思っているからです。現状のままでは、広告収益を主な収入源とする無料サービスが維持困難になり、ネット空間が二極化するという深刻なリスクがあります。
例えば、広告収益が減少することで、無料でコンテンツを提供することが難しくなり、有料会員制のクローズドなサービスが増える可能性があります。一方で、ターゲティングやパーソナライズが制限されると、広告効果が大きく低下し、運営費を補うために、クリック率だけを重視した刺激的な広告やグレーな内容の広告が増える無料サービスが広がる恐れがあります。こうした状況は、質の高い無料コンテンツが衰退し、ユーザーが自由に多様な情報にアクセスできる環境を失わせる可能性をはらんでいます。
さらに、閉じたネット空間では、エコーチェンバー現象が進み、思想の分断やフェイクニュースの拡散が加速するリスクも存在します。こうした現象は、現代社会においてすでに深刻な影響を及ぼしています。
そんな中、我々プライバシーラボの活動は、サイバーエージェントが掲げるパーパス「新しい力とインターネットで日本の閉塞感を打破する」にシンクロしていると感じています。放置すれば訪れるかもしれないインターネットの閉塞感を、私たちはテクノロジーの力で解決したいと考えています。また「時代の変化に適合し、グローバルカンパニーを目指す」というパーパスの一文が示すように、プライバシー保護への対応は、グローバルカンパニーになるための重要な要素だと思っています。

太田:プライバシーラボがDynalystの枠を超え、AI事業本部全体のプロダクトへと対応範囲を広げたように、今後はサイバーエージェントだけでなく、業界全体への貢献を視野に入れた知見やノウハウの共有が重要だと考えています。プライバシーサンドボックスの仕様は非常に複雑であり、検証を進める中で様々な課題や技術的な発見が生まれています。
これらの知見をパブリックに公開し、業界全体が技術革新を進められる基盤を構築することで、ユーザーのプライバシーを守りながら、透明性と収益性を両立させた新しい広告エコシステムを実現したいと考えています。
こうした課題は一社だけで解決できるものではありません。国内のアドテクノロジーベンダーと協力し、技術検証を進めることで業界全体の課題解決を加速させていきます。現在のベンダー広告技術に関する検証は、まだ十分とは言えない部分が多く、業界全体で協力体制を築くことが必要不可欠です。
我々プライバシーラボは、ユーザーに安心と信頼を提供する広告を配信し、健全なインターネット広告エコシステムの構築を通じて、サイバーエージェントが掲げる「21世紀を代表する会社」という目標を実現するため、プライバシーラボとしてその一翼を担いたいと考えています。
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