創業20年のメガベンチャーが
テックカンパニーに変わる時

「技術のサイバーエージェントを創る」と宣言してはや10年、2019年はサイバーエージェント技術組織の第2フェーズだと取締役(技術管轄)の長瀬は言います。昨年10月合同会社DMM.comのCTOに就任した松本勇気氏は、DMMのテックカンパニー化を実現するための「DMM TECH VISION」を発表しました。長瀬のラブコールにより実現した2人の対談、理想の技術組織、抱えている課題、目指しているものについて語り合いました。
令和を生きる若手エンジニアに伝えたい生存戦略 ~創業20年のメガベンチャーがテックカンパニーに変わる時(後編)~も合わせてご覧ください。
Profile
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合同会社DMM.com 執行役員 CTO 松本勇気
東京大学工学部2013年卒。在学中より株式会社Labitなど複数のベンチャーにてiOS/サーバサイド開発などを担当し、13年1月より株式会社Gunosyに入社。ニュース配信サービス「グノシー」「ニュースパス」などの立ち上げから規模拡大、また広告配信における機械学習アルゴリズムやアーキテクチャ設計を担当し、幅広い領域の開発を手がける。新規事業開発室担当として、ブロックチェーンやVR/ARといった各種技術の調査・開発も行った。18年8月まで同社執行役員 CTOおよび新規事業開発室室長を務め、同年10月、合同会社DMM.comのCTOに就任。 -
株式会社サイバーエージェント 取締役(技術管轄) 長瀬 慶重
2005年に入社後、アメーバブログやコミュニティサービスなどのサービス開発を担当し、2014年に執行役員に就任。「AbemaTV」開発本部長を務めるほか、エンジニアの採用や、技術力をさらに向上するための評価制度などの環境づくりにも注力している。
驚異的な速度で意思決定する企業における技術組織のありかた
長瀬:松本さんは、2018年10月にDMMの新CTOに就任し、テックカンパニーを目指すための指針「DMM TECH VISION」をすぐに示されました。
創業20年のDMMに身を置いた時に、何を変える事で、DMMをもっと良くすることができると感じたのですか?
松本氏:GunosyのCTO時代に担った「会社のデータを経営に活用し、細かく手を打つ」という強みと、DMMの「意思決定と事業化の速さ」という強みをミックスしたいと思いました。
「データを活用しながら経営に細かく手を打つ」という考えは経営にとって大切なことであり、これからのDMMに欠かせないと感じたことでもあります。
DMMはVRから金融まで幅広い事業に挑戦してきました。DMMをより「なんでもあり」な会社にしていくためにも、テックカンパニーとしての強さは必要不可欠で、そのために「DMM TECH VISION」を戦略として掲げ、社内外に発信しました。
長瀬:DMM社は40以上の事業があり600人以上のエンジニアがいますよね。サイバーエージェントも100以上の事業と1000人を超えるエンジニアがいて、事業の幅広さで「なんでもあり」というのは共通すると感じます。
「DMM TECH VISION」に掲げている「当たり前を作り続ける」というメッセージも、意思決定と事業化のスピードが速い会社ならではの考えで、共感しました。
松本氏:「AbemaTV」は驚異的なスピードで立ち上げましたよね。気づけば当時のGunosyと同じくらいの組織ができていて、立ち上げから4ヶ月くらいで開局したので驚いた事を覚えています。
長瀬:DMM社も「あの分野にも参入してるのか」ということがよくある印象です(笑)ビジネスをゼロから立ち上げるのには、ビジネス感覚が必要になりますが、技術組織はプロダクト化のための開発スピードが求められます。この点についてどう考えていますか?
松本氏: DMMは未上場を選択してるので、亀山会長がやると決めたら1週間と待たず事業化に動きます。サイバーエージェントも藤田さんがすごい速度で決めていきますよね(笑)。

松本氏: 意思決定の速さこそ、20年脈々と続いているDMMの強さですが、事業立ち上げを加速させるために開発組織に必要なのが「DMM TECH VISION」にも掲げている「当たり前を作り続ける」という考えです。
この言葉を「効率良く事業を運営していくためのベストプラクティスの集合」と定義していますが、組織として技術の標準化ができていないと、毎回ゼロから開発を積み上げることになり兼ねません。
長瀬:なるほど。サイバーエージェントでは、「AbemaTV」などのメディア, 広告、ゲームと事業領域も異なるので、敢えて技術統制を取らず、自由闊達な開発組織を目指し、技術選定や技術カルチャーもそれぞれが自由に決められるようにしています。その方がエンジニアが活き活きと仕事に取り組めるかな、と考える一方で、全員がスケールメリットを享受できる組織へ、あと1歩ステップアップしたいと思っています。
DMM社の場合は、どこまで自由にしつつ、どこまで技術の標準化を推進するのか。そのバランスについてどう考えていますか?
松本氏:例えばそれがGCPやAWSといったクラウドであれば、さっさと事業を立ち上げるためのテンプレートを、コードで定義した形で用意しようとしています。その後、事業を運用するにつれ、新しい技術をとりいれる合理的な必要性があれば、事業判断で挑戦して変えていく技術カルチャーを作ろうとしています。
現在は横軸で技術の標準化を推進するフェーズではありますが、各事業でとりくんだ技術的チャレンジに関しては、標準化に積極的にとりこむし、そのサイクルが活発にまわることを目指しています。
その戦略を考える役割として、CTOである自分がいると考えています。
長瀬:今 CTOの役割の話が出ましたが、松本さんがDMM社のCTOに就任することで、具体的にどのような成果があらわれると考えていますか?
松本氏:まさに今を「改革」のタイミングと捉えています。「DMM TECH VISION」に掲げた「高いアジリティー」や「Scalability」といった事を事業に採用することで「プロダクト開発が速くなった、事業の業績が伸びた」という成功事例をつくることを、最初のミッションとしてとらえています。
長瀬:DMM社は事業規模に対して、リリースまでの開発速度が速い気がしますが、まだ速くなりますか?
松本:まだまだ速くできると思っています。チーム力で速度をあげられる余地がDMMにはまだあると思っていて、テクノロジー活用の伸びしろが大きいからこそ、私がCTOに呼ばれたと思っています。

テックカンパニーになるための、エンジニア組織の改革
長瀬:「改革」という点だと、サイバーエージェントも、2019年が技術組織の第2フェーズと考えています。
というのも、2006年に技術のCAになると藤田が宣言し、2008年に初めて新卒のエンジニア採用を開始。技術組織として10年が経過しました。その間、 メディア、広告、 ゲームの各事業でそれぞれ技術カルチャーが形成されていき、開発現場におけるエンジニアの裁量と責任が会社の強みになりました。
一方、技術組織が大きくなるにつれ課題も浮き彫りになっていきました。例えば、各事業でソースコードが共有されていないため無駄な開発コストの原因になったり、どのエンジニアがどんな技術を得意とするのかわからないため、技術のナレッジが蓄積しづらい状態など。
一つの打ち手として、2017年からCA BASE CAMPという社内向けの技術カンファレンスを年に1回開催しており、第3回目となる2019年は1,100人が参加しました。各事業の技術領域をかけ算することで、全社的なシナジー効果を生むためのカルチャー醸造を狙いにしています。
もう1つ、2019年の改革の1つとして「エンジニアの評価制度」の刷新が挙げられます。
松本氏:評価制度は我々も最近刷新したところでした。刷新の背景にはどんな課題があったのですか?
長瀬:例えば、それぞれ異なる事業や技術領域において、エンジニアの評価に統一性がなかったり、子会社など少数精鋭で開発しているチームにおける、適切な技術評価の難しさなどが課題になっていました。
2018年2月に社内の技術組織的な課題を解決するために「技術政策室」を設立。同時に、組織の課題感に前向きな若手エンジニアを抜擢し「技術政策委員」として迎えました。
彼らには、現場から評価の課題や展望をヒアリングしてもらい、評価制度の草案を考えてもらいました。藤田とも定期的にミーティングを行い、その議論の内容は社内報を通じて全社員に公開しました。

長瀬:そして、取締役で人事担当の曽山や私たちで制度を固め、役員会に提案し決議に至りました。
2019年の「CA BASE CAMP」で、評価制度のロードマップを正式に伝え、今年4月から制度の導入が始まりました。現在は、各部署で新しい目標設定と評価制度の運用が始まったところです。
DMM社の評価制度はどのように刷新されたのですか?
松本氏:我々も「成果軸と行動」の2軸で評価しています。「DMM TECH VISION」で示した方向性に対して、エンジニアのバリューが求められ、そのバリューに成果が紐ついているかで評価しています。
ただ個人的には、評価は制度よりも運用だと思っています。つまり制度をハードウェアだとすると、運用はソフトウェアで、人と人とのコミュニケーションをどう構築していくかが評価制度運用のポイントだと考えています。
評価において、世界が向かっている方向はこまめなコミュニケーションにおけるフィードバックが主流になっています。そこで、DMMでは評価制度をあえて曖昧にしています。その代り、こまめにエンジニアの声や成果をキャッチアップできるような「1on1」の運用を目指しています。
長瀬:こまめなフィードバックは重要ですよね。我々も評価制度は長期的にブラッシュアップしていくものと考えていて、そのために必要なのはエンジニアの目標設定や面談, 評価を適切にできるエンジニアを増やすことだと考えています。
今回の評価制度でもエンジニアの評価をできるエンジニアを育成して増やすことを重要視していて、約200名のエンジニアマネージャーを育てることを目標にしています。
一例として、全社のゼミ制度にはマネジメントゼミ(※)があって、全社横断で1on1のノウハウや勉強会など積極的な情報交換が行われています。
※ サイバーエージェント アドテクスタジオで実施しているゼミの様子
松本氏:こまめなフィードバックがあってこそ、エンジニアのモチベーションにつながると考えています。
長瀬:まさに「DMM TECH VISION」でもモチベーションの向上について言及していましたが、エンジニアのモチベーションをあげていくために大事にしているポイントはありますか?
松本氏:「将来像が描けるキャリア」「本人がやりたい技術」「前に進んでいける育成環境」。この3つが揃ってはじめてモチベーションが向上すると考えています。
先程、長瀬さんがマネジメントの話に触れていましたが、私も先日、社内向けにマネジメント研修を行い、その時に「自分自身が将来的にこの会社で進んでいくことに希望をもてるような、将来像や環境を見せてあげることが大切」と伝えました。
トム・デマルコ氏が「ソフトウェア開発上の問題の多くは、技術的というより社会学的なものである」と著書「ピープルウェア」で提言しているように、我々はチームで開発しているので、チームのコミュニケーションが構築されていることがマネジメントの前提となります。
そのため、先日のマネジメント研修のように、学ぶ環境を大量に用意したり、コミュニケーションツールの地道な整備を進めたりしています。

技術組織にビジョンを浸透させるためにできること
長瀬:リーダーの最初の仕事はビジョンを示して同じ方向を向かせること。次にすることは行動をともにしてくれる賛同者を増やすことですが、その際に気をつけたことはありますか?
松本氏:私は「信頼のネットワーク」と呼んでいるのですが、要するに「誰に伝えれば誰に伝わるのか」を現状分析し、社内の情報流通の仕組みを設計しました。
組織の縦と横に、自分のビジョンや考えていることが伝わると、組織の動きが格段に良くなります。そのために情報伝達の仕組みも重要ですし、情報自体の透明性も重要になります。
長瀬:情報の透明性の秘訣は?
松本氏:例えば、全社員向けに日報を書いています。自分が毎日考えていることや、社外の誰と会ってどんな話をしたかなど公開できる範囲で日報に書いて誰でも読めるようにしています。ささいなことに見えますが、積もり積もって会社の方向性への納得感に繋がると考えています。
会社が、とある方向に向かうとして、急にその方向を伝えるよりも、日々考えていたことを伝え続けることで「そういう文脈でこの方向に向かうんだな」と納得してもらい、それがモチベーションにつながっていきます。
インテル元CEOのアンディ・グローブ氏が「HIGH OUTPUT MANAGEMENT」という著書で書いているのですが、人間の意志は強固なモーメントをもっているのでそう簡単には変わらない。大切なのは少しづつ訴えかけることで、向かいたい方向に向けていくこと。
そのために、透明性のある情報伝達を日報をはじめとしてあの手この手で用意しています。
長瀬:そうやってカルチャーをつくってるんですね。
松本氏:DMMの20年という歴史の中で、私が籍を置いてまだ半年です。テックカンパニーに変えていくためには、みんなが困っている事を見つけて地道に改善していくしかないです。毎日地道です(笑)。
【後編公開】
令和を生きる若手エンジニアに伝えたい生存戦略 ~創業20年のメガベンチャーがテックカンパニーに変わる時(後編)~も合わせてご覧ください。
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