採用

5億の赤字から学んだ社長としての覚悟
- 挑戦した敗者にはセカンドチャンスを。-

サイバーエージェントの行動指針「Mission Statement」の1つに「挑戦した敗者にはセカンドチャンスを。」という言葉があります。毎年多数の子会社や新規事業が立ち上がり、手を挙げた者に任せていく当社のカルチャーを象徴する言葉の1つです。しかし、「実際に任せられて失敗をしてしまったらどうするのか」と、疑問に思われる方もいるかと思います。
そこで、実際にチャレンジした者がどのようなキャリアを送っているのか。当時新卒ながら子会社社長に抜擢され大きな失敗をし、現在は、株式会社CyberOwl(サイバーアウル)の代表を務める田中啓太に話を聞きました。
 

Profile

  • 株式会社CyberOwl 代表取締役社長 田中 啓太
    2012年新卒入社し、インターネット広告事業本部、大阪支社に配属。新卒1年目のグループ総会にて最優秀新人賞を受賞。同年10月に東京に異動し、マネージャーへ昇格。翌月、株式会社CyberSSの代表取締役社長に就任。そして2018年5月に株式会社CyberOwlに社名変更。現在も同職を務める。

消防士志望から一転
経営者を目指しサイバーエージェントへ

大学時代は、大学のサークルや草野球など、とにかく野球三昧の生活を送っていました。その頃は消防士になりたいと思っていましたね。将来の為に公務員試験の勉強をしていたことや、消防士には野球チームがあるところに惹かれて(笑)。当時は社長になることなんて考えていませんでした。

サイバーエージェントを知ったきっかけは代表、藤田の著書「渋谷ではたらく社長の告白」です。たまたま手に取る機会があり読んでみると、若い世代がチャレンジしている会社であることや、それらが世の中にインパクトを与えていることに感銘を受け、少しずつ”起業”について考えるようになっていきました。
野球をする学生が甲子園を目指すように、会社に勤めるのであれば社長をやりたい、という漠然とした憧れを持っていましたね。ただ、もちろん経験もなければ知識もないため、自分で起業をするという選択肢は正直ありませんでした。その点、サイバーエージェントは若手が子会社社長をしている実績があり、年功序列の社風ではないところが自分の性格に合っていると思いました。あとはなにより社員に惹かれましたね。仕事に対する想いが熱く、しんどいと言ってる人が一人もいない。サイバーエージェントで起業して、志の高い仲間と世の中に大きなインパクトを与えるものを作っていく方が、自分が理想としている社長像に近いと思い、入社を決めました。
 

「人生をリセットできるのは、社会人になる時だけだぞ」
内定者時代に決心した経営者への道

インターネット広告事業本部で内定者アルバイトとして週に5日働きました。「社長になりたい」という意気込みで入社を決めたものの、若手で社長に抜擢される人は、大学時代にビジネスコンテストに出場したり、自分で事業を起こしていた人だと思い込んでいました。学生時代、経営や事業については何もしてこなかった私は、まずは現場で経験を積んだ後、3年でマネージャー、5年で局長、その後事業責任者になるというイメージを持っており、メンターの先輩社員にその話をしました。そして、先輩に言われた一言が、私の人生を大きく変えることになりました。
「スポーツや音楽は、大人になってから始めても、第一線で活躍している人たちに勝つのは難しい。ただ、ビジネスはそうじゃない。だから人生で1回だけ経験をリセットできて”1番”を掴める瞬間は社会人になる時だけだ。もちろん、学生時代に事業をしてきた人もすごいけれど、そこの差は努力次第ですぐに埋めることができる。折角のチャンスを、入社もしていない内定者の段階で決めつけるな。1年目で社長も目指せるのに、なぜ自分自身で限界を作るんだ」

その言葉で初めて自分自身を振り返り、徹底的に自己分析をしました。私の人生一番の後悔は、高校選びの時。強豪校で野球をしたいと思っていたものの、自分に自信がなく野球にあまり力を入れていない高校を選んでしまったんです。結局、その高校で野球ではなく強豪だったソフトボール部に入部した過去がありました。
「もう自分の選択で後悔はしたくない」と心に決め、1年目で社長になることを目標にしました。

「明日から社長をやって」
新卒1年目で子会社社長に抜擢

入社後は大阪支社の広告事業本部で、とにかく結果を出すことにこだわりました。結果を出し、社長になりたいと宣言することで、抜擢されやすいと思ったからです。そして、社員総会で最優秀新人賞を受賞。その年の10月に東京異動になり、そこでマネージャーに昇格しました。そんな矢先、専務取締役でインターネット広告事業を管轄する岡本に呼ばれ「明日から社長をやって」と言われました。
当時、「あした会議」でスマートフォン向けのSEM(※)に特化した子会社を設立することが決定していました。大阪支社でSEMを担当していて、かつ、子会社社長をやりたいと宣言していたことが抜擢の理由だったと思います。そのため、躊躇することは特になく、即決しました。社名は「スマートフォン・サーチ」という意味で「CyberSS」と決まりました。

※SEM(Search Engine Marketing)とは、検索エンジンマーケティングの略語であり、検索エンジンを利用して展開されるマーケティング手法のこと
 

「誰が社長だよ」
膨れ上がった5億円の赤字

会社を設立したものの、最初は全くうまくいきませんでした。とにかく早く事業を立ち上げるために無我夢中で営業活動をしていましたが、会社としての強みを伸ばすことができず、メディア事業へ業態変更することに。始めは美容系やライフスタイル系の比較サイトを立ち上げ運用をしていたのですが、当初から金融の比較サイトを出したいという構想があり、事業をより拡大していくために金融メディアで勝負をしていくことを決めました。しかし、やらなければいけないと分かっていても、社長として一番責任を持って推し進まなければならないポイントがやりきれていませんでした。ここで失敗したら会社が潰れてもいい、と思えるぐらいの覚悟で事業に向き合えていない弱い自分がいました。経営状況は悪化していき、気付くと赤字額が5億円にも膨れ上がっていました。

そんな中、常務取締役で全社機能管轄の中山に状況報告をした時に言われたのが「誰が社長だよ」という一言でした。中山からのこの言葉が刺さりましたね。「社長として何をしたら成功すると思っていて、どういう覚悟を持っているの?」と。社長を任せられ、投資をして応援してもらっていたにも関わらず、弱い自分のせいで迷惑をかけてしまったと思って。それをわかったうえで厳しいことを言ってくれて、ありがたかったですし気付かされました。
その後、事業立て直しのポイントを全力で洗い出しました。突破口は1つしかなく、メンバーにもそのことを共有。自分は営業に注力して売上をつくり、メンバーに対しては任せることを明確化した結果、2ヶ月で事業を軌道に乗せ、10ヶ月目から黒字化することに成功しました。この経験は”社長”としての覚悟を持つ学びになりました。
 

「ユーザーにとって良いコンテンツを提供したい」
挑戦した敗者にはセカンドチャンスを。

その後、CyberSSを黒字化をしたものの、その後の3年間、大きく事業を伸ばすことはできませんでした。再度、役員陣も含めた会議にて会社の行く末について決議され、私が創りたいと思っていたメディア事業を会社のサイズを大きくして注力していくというセカンドチャンスをもらいました。
そして2018年5月に社名を「CyberOwl」に変更して再スタート。ビジョンにも掲げている「調べるを豊かに」の通り、利用者により適切で信頼できる情報を届けることを目的としたメディアを創っていきたいと思っています。

そのために、一緒に働くメンバーも仕事にやりがいを持って働いてもらいたいですし、ライフスタイルメディアをやりたいと思ったら「CyberOwl」にいく、という人気企業にしたいですね。一度大きな失敗しているにも関わらず、改めて自分のやりたい分野で大きなチャンスをもらっているので、会社の恩返しの意味でも、より一層そう感じています。私の目標は「死ぬ時に最高な人生だった」と思える人生を送ること。会社としては、「CyberSS」時代からの強みであった検索を中心としたメディアに加え、コンテンツ拡充と信頼性をより強化して新たなステージで戦っていけるようにこれからも成長させていきたいです。また、多岐にわたる事業を始めたとしても、ユーザーが求めているサービスを創り、さらには社員一人ひとりがやりがいを持って働ける環境を責任持って作ることが私の目標です。

【関連リンク】
株式会社CyberOwl(サイバーアウル)

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