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Interview

20代の時にがむしゃらにやったからこそ、
自分が得意なことが見えてきた

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  • 株式会社グレンジ 代表取締役社長 木下慎也 (35歳)
    1981年生まれ。2007年 京都大学大学院修了、株式会社サイバーエージェント入社。社長アシスタントとしてサービス企画・改善に携わり2008年株式会社CyberX設立、2009年 同取締役就任。2011年株式会社グレンジ設立、代表取締役社長就任。

貢献感ゼロの入社1年目

サイバーエージェントの入社は2007年。社長アシスタントとして配属されました。今はなき職種ですが、当時は「アメーバブログ」を注力事業と位置付けメディアとして確立させようとしている最中で、サービスのプロデューサー人材を社内で育成しようとしている時。そのため社長アシスタントと言っても、社長直下の弟子のような位置づけで、新入社員時代はとにかく「アメーバブログ」を使いやすくする改善案やサービスを伸ばすような機能を考え、週2回、社長の藤田に提案していました。1か月の提案数はおよそ80案。そのうち、10案が採用されるかどうかという感じでした。

元々、モノづくりが好きで大学でも機械系を専攻。でもきちんと学ぶほど、自分が作ったもので人を楽しませたいという気持ちに気づき、ハードウェアではなくソフトでのモノづくりに興味を持ったんです。それであれば世界中にサービスを届けるチャンスがあるインターネットだろうと大学院時代に考え、就職活動を開始しました。この環境であればきっとそれを実現できるだろうと選んだのがサイバーエージェントでした。

何でもいいから貢献したいと望んだ会社立ち上げ

そうやって入社してからの1年間は「アメーバブログ」の改善案を考えたり、自由に新サービスを考えて開発したり。自由にチャレンジさせてもらいましたが、ヒットを狙って新サービスを立ち上げても全くかすりもせずにいました。そうして入社2年目になった2008年の春にCyberXというモバイルサイト制作会社の設立が決まり、ここの立ち上げにジョインしてこいと社長の藤田から言われたんです。当時はフィーチャーフォンが主流で、3G端末と通信料定額制の普及によってモバイルインターネットの高速化・大容量化が進んでいました。企業もコーポレートサイトやブランドサイトのモバイル最適化を進めており、そこのビジネスチャンスを狙って立ち上げられたのがCyberX。一浪、しかも大学院まで行ったこともあり周囲より遅い社会人スタート。それなのに1年間、何も会社に貢献できていないと焦っていたので事業内容は問わず、何でもいいから貢献したいと二つ返事で受けました。

経験もない営業でもなんでもやろう、という意気込みでスタートしたものの、何度アポ電をかけても、アポが取れない。その隣で、営業ができる先輩は軽々とアポを取ってくる。その差を感じるとともに、人は努力とは別のところで向き不向きがあるということを理解しました。たった1年でしたがサービス企画・開発の経験はあったので、それであれば受注したモバイルサイトの制作部門を担当しようと、制作ディレクターに転向しました。そして、その経験を経て、自分は売ることよりも作ることの方が向いているんだと、再認識したのです。

成長戦略が見えず、事業転向

そうやってスタートしたCyberXですが、そもそも市場にもモバイルサイト制作の経験者は少なく、これまでPCサイトの制作を行ってきた企業も市場にはたくさんいる状況。その中でCyberXならではの競合優位性を築けず、成長戦略も見えないまま1年が過ぎていきました。そうして会社設立から1年半経った2009年12月、CyberXをモバイルゲーム会社に転向させることがサイバーエージェント役員の間で決定されたんです。BtoBの受託モデルへの限界を感じていたので、これから成長するであろう分野に参入できるのは願ったり叶ったり。けれども、ゲームがヒットしなければ会社の存続自体も危ない。絶対に1年目の失敗は繰り返してはいけないと思いました。

新入社員の時に企画開発していたサービスは今考えると独りよがりで、こうやったら面白いだろうという押しつけがましいものだった。だからこそ、CyberX初のモバイルゲームとなる「星空バータウン」は一発目からヒットさせたいという執念で、企画段階からとにかくいろんな人に見てもらいネガティブチェックを重ねました。そうしたことが功を奏して「星空バータウン」はリリースから2か月半で登録人数100万人を超え、複数のプラットフォーム展開も行うヒットゲームとなり、僕自身もやっと成果を出すことができました。

市場が変化する中、下した決断

CyberXでは取締役の立場としてゲーム企画に取り組んでいましたが、新たな会社設立の話が生まれたのは2011年。mixiプラットフォームで提供した「星空バータウン」のヒットを受けて、ミクシィ社とサイバーエージェントの合弁会社を設立することになったのです。そうやって設立した新会社のグレンジでは、「星空バータウン」での実績から僕が社長就任することになりました。これがちょうど僕が30歳の時。

ただ、そこからもまた、モバイルゲーム市場は変化の連続。競合の増加、スマートフォンの普及、ソーシャルゲームプラットフォーム市場の縮小、開発費の高騰化・・・・ヒットを生み出すのも難しくなり、会社の存在意義をどうするのか、またどうやって存続させるのか決断しなければいけないと思うようになりました。mixiプラットフォームでのヒットゲームを生み出すという目的で設立された会社だったからこそ、何とかして当初の目的を果たそうと頑張っていましたが、やはり会社として成長するには大ヒットを狙える分野で勝負したい、と思い2013年に合弁の解消を決断。サイバーエージェント100%子会社となり、ネイティブゲームを開発する会社に転向したのです。

多くの人に楽しんでもらえるサービスづくりの喜びを、沢山のメンバーに経験してほしい

僕はヒットを生み出したい、人が楽しめるモノづくりをしたいというところからスタートして、そもそも社長になりたいと思っていたわけでもない。ただ、社長という立場だからこそ、メンバーがチャレンジできる環境をつくることでヒットの打率を上げることができると気がつきました。
20代の時は何が得意で何が不得意なのかもわからず、野心があっても理想と現実にギャップがあって、とにかく必死でした。でもそうやって目の前のことを一生懸命やることで様々な気づきを得ることができて、自分の得意なことやパフォーマンスを出せる分野、貢献できることもわかるようになってきた。「社長」という役割も“そこまで興味がないから”“自分はモノづくりがしたいだけだから”と決めつけずにやってみたら、忍耐力が求められる社長業でも、意外と自分は我慢強いほうで、向いていないわけでもないのかもしれない、と気づくこともある。

30歳の時に立ち上げたグレンジは、設立6周年を迎えました。ネイティブゲームに舵を切ると決めてからリリースしたなぞるパズルRPG「ポコロンダンジョンズ」は現在800万ダウンロードを超えています。
多くの人に遊んでもらえるゲームをさらに生み出すとともに、自分達が生み出したサービスが沢山の人に遊ばれるような経験をした人を増やしたい―今もそのチャレンジ途中です。

同じ色のパズルブロック「ポコロン」をなぞって主人公キャラクターと仲間のモンスターを移動させ、敵を倒すことでダンジョンを進めるスマホゲーム
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