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  • 2017.8. 2
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「ORの抑圧」をはねのけ、
「ANDの才能」を活かす

企業人のバイブルとも呼ばれるビジネス書「ビジョナリー・カンパニー」の一節に、『「ORの抑圧」をはねのけ、「ANDの才能」を活かす』という言葉が出てきます。時代を超えて繁栄し続ける偉大な会社は、変化か安定か、慎重か大胆か、低コストか高品質かといったような、企業活動の中で必ず直面する相反する両極端を2者択一ではなく、両方を同時に実現させようと発想するという意味です。

中国の陰陽思想にも通じるものがありますが、この言葉は多くのビジネスマンの心を掴みました。なぜなら皆が実感として、変化と安定は両方大事だし、慎重さと大胆さのどちらも必要だし、低コストを実現しながら高品質でなければ競争に勝てないと思っていたからです。

どちらも大事で選べないとなると、つい「バランス」という言葉を使いたくなりますが、私はこの言葉が好きではありません。両方が中途半端になる印象があるからです。

麻雀も、攻撃と守り、牌効率と創造性、一貫性と臨機応変など、相反する両方が大事です。しかし、「バランスが良い打ち手」と言われても、あまり脅威に感じることはないでしょう。半荘の中で「今は攻め、今は守り」と「OR」でバランスよく分けていても、ただ自分の手牌が攻めれる時に攻め、それ以外は守っているだけにすぎません。

違いを生み出すのは攻めながら守れるか、守りながら攻めれるかといった「ANDの才能」です。たとえば、自分の手牌の中で役牌を暗刻にした上での攻撃的な鳴き仕掛けは、いざという時に暗刻落としで降りれるためであることが多いですが、それは「攻撃の中に守りを見出す」という考え方です。反対に、相手の早いリーチに対し一旦安全牌を切り出しつついずれこちらも聴牌して押し返す、もしくは形式聴牌だけでも狙う手順は「守りの中に攻撃を見出す」と言えます。

「OR」ではなく「AND」でと発想するときは、「○○の中に○○を見出す」と覚えておけばよいでしょう。そうすると中途半端なバランスという言葉が必要なくなると思います。

麻雀におけるデジタルORオカルトの2極論も、デジタル派の人は「デジタルの中にオカルトを見出す」というANDの発想でいかがでしょうか。デジタル派を標榜するトッププロも、結構神社のお守りを握りしめて対局に臨んでいますよ。

「近代麻雀」2017年4月1日発売号に掲載

「近代麻雀」で連載中!「仕事が麻雀で麻雀が仕事」